Up 幕末維新の平田門人 : 要旨 作成: 2018-09-17
更新: 2018-09-18


    個を疎外する共同体幻想を「漢意(からごころ)」と解釈し,これからの自由の形を「古の人にはあった自然(おのずから) ((なお)び)」と定める。
    これが,古道の考えである。
    古道とは,「古の人にはあった自然」という幻想 (メルヘン) を立てることである。

    幕末期の平田門人は,時の勤王倒幕の運動の高まりに,彼らの「自由」──「古の人にはあった自然」──の実現を重ねる。
    こうして彼らは,勤王倒幕の運動に加担する者になる。
    このとき彼らは,「革命と自由」の者である。


    革命と自由」の者は,「自由の実現」の形を思考停止する者である。
    敵を倒さないうちは話にならない」のロジックで,思考停止を自らに許す。

    敵を倒さないうちは話にならない」の行為は,思想・立場が関係なくなる。
    「敵を倒す」の一点で一致する者は,仲間ということになる。
    そして敵が倒れた後,思想・立場の違いから対立することになる。
    主流に入り損ねた者は,「こんなはずではなかった」の(てい)で,舞台から降り,そして消えていく。

    勤王倒幕運動に加担する平田門人は,この定めに従う。
    古学は,これの「尊皇論」が専ら取られて,国学に変質する。 ──それがもともと古学の方向性 (即ち政治論に進むときの形) であったとはいえ。
    そして,政治的に利用されていく──「國體」「大和魂」。