Up 革命と自由」: 要旨 作成: 2018-09-16
更新: 2018-09-16


    個は,共同体幻想に疎外される。
    この個は,共同体幻想からの自由を想う。

    ここに,自由幻想をことばに紡ぐ者が現れる。
    この手の論は,「自由抑圧者」を立てるタイプの「疎外論」になる。

    この「疎外論」を受けて,「抑圧者を打倒して自由を実現する」の想いがもたれる。
    ここに,その想いを論にする者が現れる。
    「革命論者」というわけである。


    革命論が現れると,つぎに「革命」のアジテーターが現れる。
    「革命家」というわけである。

    抑圧者を打倒して自由を実現する」のことばは,ひとに「実践しないのは不正義だ」の想いをもたせる。
    ひとはだいたいが正義漢なので,「革命」のアジテーションは同調者を得る。
    こうして党/派が形成される。
    「革命党」というわけである。

    そしてそれらのうちから,「革命」の実際行動 (「実践」) に入って行くものが現れる。


    「革命」の実践は<破壊>である。
    <破壊>は,人の生態系の新陳代謝である。
    これが,「革命」の意義である。
    「革命」の風景は,死屍累累である。

    特に,革命は「自由の実現」とは無縁のものである。
    実際,革命後に現れるのは,新種の人間疎外である。


    革命と自由」の者は,「自由の実現」の形を思考停止する者である。
    敵を倒さないうちは話にならない」のロジックで,思考停止を自らに許す。

    敵を倒さないうちは話にならない」の行為は,思想・立場が関係なくなる。
    「敵を倒す」の一点で一致する者は,仲間である。
    そして敵が倒れた後,思想・立場の違いで争うことになる。
    争いに負けた者は,「こんなはずではなかった」を言う(てい)で,舞台から降りていく。