Up 「言語」 作成: 2014-01-05
更新: 2014-01-24


    唯物論は,自身の言語論を紡ぐ。
    この言語論は,「言語は存在の反映」論である。
    即ち,つぎの導出関係を定立しようとする:
      「存在」(「物」) → 「(社会的) 生活活動」→「意識」→「言語」

    特に,「言語」は「存在」とびったり添うものになる。
    これは,プラトンに先祖返りする様である。
    そこで,「形而上学批判」「合理主義批判」の趣きでプラトンの伝統を批判するタイプの哲学的立場は,そのままマルクス主義の言語論 (反映論) を批判するものになる。

    「反映論」の特徴は,対象とする系をひどく単純な系として立てるところにある。
    その系は,「人為」の系である。
    「言語」は,「人」にのみ考えられるものになる。
    ほんとうか?

    わたしは,唯物論の「(社会的)生活活動・意識・言語」に対し,「生きる・カラダ・形式」を立てる。
    このとき,「生活活動する人間の意識・言語」と「生きる人間・動植物のカラダ・形式」の間に,本質的違いは立たない。
    「差異」の図は,区切りの線にはならず,せいぜいグラデーションである。
    「人」に限って見ても,つぎのようである:
      《わたしの<生きる>は,言語の無い形式にほぼ依拠していて,言語の登場機会は相対的に僅かである》