Up そもそも哲学/存在論とは 作成: 2017-09-22
更新: 2017-09-24


    ひとを哲学/存在論へと誘導するものは,「存在の不思議」の思いである。

    存在はどうして不思議になるか?
    存在の不思議は,<わたし>の不思議に溯る。
    わたしはなんでわたしなの?」である。
     ──「自意識の不思議」

    わたしはなんでわたしなの?」の思いをもつと,自分のまわりのものが違ったものになる。
    虫が「この虫はなんでこの虫なの?」になり,石が「この石はなんでこの石なの?」になる。
    まわりが存在の声でざわめくみたいになる。

    これはビョーキと言うべきであるが,「わたしはなんでわたしなの?」の問いはこの症状に至るのである。


    「自意識」は難しい。
    そこで,哲学/存在論は「自然」から始めようとするものになる。
    「自然」へのアプローチは,今日では科学の乗ればよい。
    存在論のこのステージは,「自意識」論の予行演習といったものである。

    しかし,哲学/存在論はこのステージで挫折することになる。
    生物学的な虫の理解は,「この虫はなんでこの虫なの?」の答えにつながることがないからである。
    存在論の困難の本質は,<わたし> (「特個性」) をどう主題化してよいかわからないことである。