Up | 言語分析 | 作成: 2019-05-29 更新: 2019-05-29 |
この賢さと比べると,人のインテリジェンスなぞ語るに値しない 言語は,進化によっていまの形がある。 進化の内容は,存在のダイナミクスへの適応である。 生活は,存在のダイナミクスへの適応である。 よって,<言語を用いる>が<生活をうまくやれる>になる。 言語はこのようなものとして,存在論を含蓄する。 単語の含意関係を分析すると,それだけで存在論ができる。 「学」のうちには,言語分析が「研究」として成り立つものがある。 いわゆる人文科学は,多くがこれである。 人文科学の研究対象は,科学がままならない複雑系である。 よって,「科学以前」の この「科学がままならない」は,安直に通じる。 その安直の形が,言語分析というわけである。 例えば,わたしがよく知る数学教育学では,研究論文のなかで「広辞苑を引くと‥‥‥」を含ませるのが一時のスタイルになっていた。 それは,言語分析を「研究」にしているいるわけである。 また,この数学教育学は,自分が科学に昇格する形として認知科学を当てにしていた。 このムーブメントは「数学的問題解決」で起こりそしてこれをピークとしたのであるが,そのときそれが認知科学から採ったものは言語分析である。 言語分析の存在論は,循環論法である。 人文科学がいたずらに科学の体を求めると,これになる。 このことよくよく吟味すべし。 |