Up <駆除>の科学 : 要旨 作成: 2016-08-26
更新: 2016-08-26


    ひとは,生活において,<邪魔物/者>をもつ。
    邪魔物/者に対し,これの駆除を考える。
    そして,駆除を合理化するために,<悪>を立てる:
        邪魔物/者 = 悪者/者

    悪を立てることは,反照的に,自分を善/正義として立てることである。
    邪魔物/者を悪者/者として駆除する者は,自分を善/正義として立てる者である。

    その善は独善である。


    独善が行う駆除は,凄惨なものになる。
    邪魔物を悪者として立てるので,容赦無いものになるのである。

    実際,イデオロギーが権力を握ると,これは幹部の「粛清」と民衆の「大殺戮」に進む。
    共産主義ロシアのスターリン,カンボジアのポルポト派の所業に見る通りである。
    彼らは,特殊なものではない。
    正義とは,悪者の退治・駆除を正義とすることである。
    いま「人権派」である者は,権力を握ると,自分と同じで無い者を「害虫」と定めて容赦無い駆除に進む者である。


    一方,独善には,報いがくる。
    その報いは,生態系の報いである。

    独善は,単純思考である。
    対象を,単純に考える。
    対象には含蓄があり,その全体は複雑系を成す。
    特に,複雑系としての生態系である。
    この生態系に対し「害虫駆除」を行えば,生態系は報いを返してくる。

    一般に,独善は,「世直し」思考である。
    「世直し」思考は,実際には複雑系である世の中を,単純に考える。
    世の中は,複雑系としての生態系である。
    生態系に「世直し」で作為するとき,その行為は生態系の破壊行為になる。
    生態系の破壊は,自分の足元の破壊である。
    こうして,「世直し」には生態系の報いが返る。

    「改革」はきまって破壊行為で終わるが,以上が理由である。
    「改革派」は,独善の者である。


    イデオロギーとヘイトは,ともに「正義の者」「改革派」を自任する者である。
    彼らは,もし力を与えられたら,自分と同じでない者の駆除を「害虫駆除」として進める者たちである。
    イデオロギーとヘイトは,<駆除>の思考回路をもつということで,共通している。
    こうして,思想は,イデオロギーとヘイトを一括りにして阻却する。