Up おわりに 作成: 2020-06-02
更新: 2020-06-02


    この論考は,最後まで構成が定まらなかった。
    実際,この論考は,結果的にこんなものが出来上がったというものである。

    そもそも端緒は,昔の本を捨てるのうちの『シュールレアリズム宣言/A.ブルトン』(現代思潮社) を捨てるであった。
    捨てる前に,内容をメモっておこうと思ったのである。
    いま改めて見て内容は読むに堪えないものであったが,この場合「読むに堪えない」の意味を押さえることが思想になると思い,数か所を引用する格好で論考をつくった (引用も論考である ^^)。

    しかしいつものことだが,一つの論考をサーバーの中に収めようとすると,フレームもつくらねばならない。
    そしてこの作業をすると,最初の主題があちこちに広がっていくことになる。
    結果として,はじめには思いもよらなかった格好のものが,現れてくるのである。


    そしてこの作業は,時期的に「新型コロナ」と重なることになった。
    世の中は,ウィルスの荒唐無稽な存在論が流布し,「自粛」戦争と「マスク」全体主義の体制になった。
    戦争・全体主義はこんなに簡単に成るものなのだということを,リアルタイムに目撃することになったのである。

    かくして本論考は,「全体主義」の論考とすることで現前を参照できるものになった。
    実際,「マスク」全体主義の個人レベルは「正義感」である。
    荒唐無稽な存在論が狂気の正義感を形成し,全体主義が現れる──そのシーンがそこにリアルにある。

    ただしここしばらくは,「新型コロナ」の論考 (『「新型コロナ」: 洗脳・全体主義』) が先になってしまい,本論考の「全体主義」の論考は薄っぺらなままになっている。
    また『「新型コロナ」‥‥‥』からすると,本論考『精神主義のしくみ』と重なったことで,ずいぶんと後手を引いてしまったうらみがある。──3月くらいには済ませておくべき内容を,4,5月まで持ち越すことになってしまった。


    と,なんだかんだであちこち穴のあいた論考であるが,要旨はだいたい埋めたということにして,ここで一回切りとする。
    2020-06-02