Up 「改革」に飽き・嫌気・疲弊 作成: 2015-03-17
更新: 2015-03-17


    「法人化」によってどんなに教育・研究がゆがもうと,「法人化」はとまらない。
    政策で一旦始めたものは,止まらないのである。
    惰性で自動運動するものになる。
    なぜなら,ここには<主体>が存在しないからである。
    これにストップをかける者は存在しない。

    しかし,起こったことは必ず終わるというのも,真実である。
    「法人化」は,これを終わらせる契機を内包している。
    同様のことの繰り返しに対する「飽き」。
    内容の無意味に対する「嫌気」。
    そして,「新プロジェクトを出し続ける」をずっと強いられることによる「疲弊」。
    しかしこのことは,翻って,「飽き・嫌気・疲弊」が極まるまで「法人化」はとまらないということである。