Up 「スリム化」とは正反対の方向に邁進 作成: 2007-01-24
更新: 2007-01-24


    国立大学の法人化は,もともと「行財政改革」のプログラムの中にあった。
    国立大学に充てる経費を削減することが,この場合の方針。

    この経費削減を実現する方法には,つぎのものがある:
    • 各大学を独立採算事業にする (「法人化する」)
    • 国立でなくてもよい大学を廃止する/私学としてやっていかせる
    • 大学間のM&Aをやらせる
    • 各大学に対し,組織再編で規模の縮小を行わせる,また緊縮財政でやらせる


    大学は採算事業にはならない。 また,採算事業化を進めて大学を壊すことは,国益に反する。 よって,「法人化」の線はないことになる。
    大学間の M&A も,一部にとどまった。
    結局,経費削減・緊縮財政だけが,実際的なプログラムとして残った。


    経費削減・緊縮財政でなおかつ大学の教育・研究の質を維持しようとしたら,その方法はつぎのものになる:
    • 規模を小さくする
      (重さを軽くしてなおかつ密度を保とうとしたら,嵩を減らすしかない)
    • 優先度の低いものを捨てる

    ところが,国立大学の「法人化」プログラムは,次第に変質していく。
    すなわち,「改革を行うべし」というプログラムになっていく。


    この「改革」は,どうでもいいこと (本質的でないこと)/やらなくていいこと/やらない方がいいことを (特にアメリカの大学を模範にして) 手当たり次第にもってくることを,内容にしている。
    なぜこんなのが「改革」としてまかり通っている?
    このような「改革」を考える者が,国立大学法人化に対する文科省の方針作成をリードした。 そしてこれと併せて,大学執行部がつぎのような考え方をする者であった:
      こうすることが,大学評価でよい点をとることだ

    このため,本来なら経費削減・緊縮財政に対応して仕事をスリム化し,教育・研究に専念しやすい体制をつくるところを,逆に仕事を水膨れ的に増やし,教育・研究を粗末にする体制をつくりだした。

     註 : 無意味なことをつくり出し,トップダウンで「やれ」と言ってくる大学執行部の方は,組織構成員の軽蔑の対象になっていく。 ──やっていることが大学否定なので,「大学」をわかっていない大学人ということで軽蔑されるわけだ。