Up 国連平和維持活動 (PKO) : 要旨 作成: 2023-07-27
更新: 2023-07-27


    戦争に是非は無い。
    生物学・生態学・歴史学の視点に立てば,戦争は進化のプロセスの要素である。

    平和の国は,戦争のステージを済ませた国である。
    内戦の国は,戦争のステージにいる国である。


    ひとは幼稚である。
    ひとは「進化」を考えることができない。
    平和の国の者は,内戦の国に平和を与えようとする。
    そしてその国をぐちゃぐちゃにする。

    戦国時代の日本に PKO が入って来ることを想像せよ。
    戦国武将たちは,戦争を止められる。
    「天下統一」は起こらない。
    PKO は,これを見て良しとする。

    PKO は, 「神はこれを見て良しとする」の「神」である。
    この PKO を何と評すべきか。
    いい気なもんだ」である。


    個の生は,一回きりである。
    よって,その個の悲惨を見たら,助けたくなる。
    一方,個の生は生態系のなかにある。
    生態系は,自己組織化する系であり,その都度最適化を果たしていることになる。
    その個の悲惨は,生態系のいまの最適化の要素である。

    「自然保護」は,個に干渉しないことを立場とする。
    個の悲惨を見てこれを助けることを「エコ」だと思っている者がいるが,それは「自然保護」の立場ではない。
    なぜ個の悲惨を見てこれを助けないのか?
    生態系を損なうことになるからである。
    個を悲惨から救出することは,全体の悲惨に転じるのである。


    ひとは「平和至上」を人間として当たり前の感情だと思っているが,それは自分が平和の国の者だからである。
    PKO は,平和至上主義で活動する者たちとこれを利用しようとする利権の,ごった煮である。
    PKO の投入は,進化のプロセスの無視である。
    論理上,PKO が投入されて良くなる所は無い。
    良くなったと思っているのは,「いい気なもんだ」なのである。