Up 「曲がって見える」は,「目が節穴」という話 作成: 2022-10-21
更新: 2022-10-21


    気象学は「コリオリ力」の導入に「曲がって見える」を使う。
    しかし,曲がって見えるのは,単にしっかり見ていないということである。
    観察者がどう動こうと,直線は直線に見えるのみである。
    曲がって見えるのは,直線をしっかり追っていないからである。

    車窓からの景色は,手前が速く動き,遠くはほとんど動かない。
    気象学者は,これを「曲がって見える」と言うのである。
    しかし,遠近をきちんと捉えれば,直線道路は直線に見えるのみである。
    その上を走る車は,真っ直ぐ走っているように見えるのみである。
    それが曲がって見えるのは,眼が節穴なのである。

    気象学の「曲がって見える」は,「転向力」導入の話ではない。
    その「曲がって見える」は,「眼が節穴」という話である。
    それは,数理の主題にはならない。


    要点:自分に対する直線の転向は,「曲がって見える」ではない。
       見かけでも,直線は直線のままである。
       <転向>と<曲がる>を混同しないこと。

     「見かけの力」の正しい文脈