Up 迷信 作成: 2021-07-28
更新: 2021-07-28


    北極海の氷が溶け,氷河が後退する。
    これは,その場所の温暖化現象である。

    「専門家」は,この温暖化現象を「地球温暖化」と定める。
    部分的な温暖化現象を説明する理論をもたないからである。


    ひとは,気象災害に遭う。
    このときひとは,災害を納得させてくれる説明を求める。
    「専門家」は,これを「地球温暖化」で説明することにする:
      この災害は,地球温暖化がもたらす異常気象によるものである。

    大衆はこの説明に満足する。
    昂揚してつぎのように言う:
      こんな災害は,これまで経験したことがない!

    こうして,「地球温暖化」が決定する。


    つぎに「地球温暖化」の原因が求められる。
    地球科学は,過去の気候変動を調べることが専らで,気候変動の<自然>ダイナミクスを説明する力をもたない。
    さすれば,「地球温暖化」の原因は<人為>に求めるのみである。

    ここに,「エコロジー」イデオロギーの「専門家」が,活き活きし出す。
    彼らは,「環境破壊」の延長線上に「地球温暖化」を据えようと図る。

    彼らが目をつけたのは,「温室効果ガス」としての二酸化炭素である。
    「環境破壊」は,化石燃料を大量に使う者たちと直結している。
    そこで「地球温暖化抑止」を名分にすることで,「環境破壊」陣営を攻撃できるようになる。

    大衆は「専門家」の説明に満足する。
    こうして,「地球温暖化は,化石燃料の使用による二酸化炭素排出が原因」が決定する。


    ここに,「二酸化炭素排出規制」が正義になる。
    そして正義になった「二酸化炭素排出規制」には,誰も逆らえない。

    ひとが何かを決定するところには,科学は無い。
    あるのは,イデオロギー (<信じる>) である。
    実際,人の世を動かすのは,科学を装った迷信である。
    ひとは,自分が受け取れることばだけを受け取ろうとする。
    科学は,ひとが受け取れるものではない。
    迷信こそが,ひとが進んで受け取りそして満足するものなのである。