Up マウンダー極小期 (Maunder Minimum) 作成: 2021-12-22
更新: 2021-12-22


      宮原 (2014), pp.136-142.
    宇宙線の変動は、おおむね日射量と同じような変動を示しますが、マウンダー極小期にさかのぼると、太陽圏の環境が大きく変化し、宇宙線が日射量の変動とはまったく異なる変動を持つということがわかってきたのです。
    マウンダー極小期では、黒点がほとんど現れませんでしたので、日射量の11年変動の振れ幅は70年間にわたって非常に小さいかほとんどなかったと考えられます。
    一方で、太陽磁場の変動は継続的に続き、しかも周期的な変動の振れ幅はむしろ大きくなっていて、宇宙線が特徴的な変動を持っていたらしいということがわかってきたのです。

     地球に突入する宇宙線の変動は、太陽圏の磁場の構造によって決まってきます。
    カレントシートと呼ばれる、磁力線が逆向きに接したシート状の磁場がどれくらいうねっているかによって、宇宙線がどれくらい遮られるかが決まっています。
    マウンダー極小期では、カレントシートがうねったり平らになったりのリズムは現在と同じように続いていたようなのですが、極小期で平らになった際の平坦さの度合いが、現在よりもさらに平坦になっていた可能性が高いことがわかってきました。
    現在では、平坦になった際でも5度程度のわずかなうねりが存在していますが、もしカレントシートが完全に平らになってしまうと、宇宙線がより遮蔽を受けにくくなって大量に地球に押し寄せるはずです。

     ただしそれは、カレントシートに沿って宇宙線が太陽圏の内側に移動しやすくなる太陽の磁場が南向き (北極がS極、南極がN極) のときに限られます。
    マウンダー極小期では11年周期が14年周期に伸び、そして14年周期の極大ごとに太陽の磁場の極性が反転していました。
    つまり [<南向き→北向き>に14年, <北向き→南向き>に14年の] 28年間に1度だけ、カレントシートが平ら、かつ、磁場が南向きという状態が発生します。
    そのとき、太陽圏の宇宙線に対するシールド力が最大限に低下するのです。
    グリーンランドの氷床から得られたベリリウム10のデータを見てみると、そのとき、宇宙線が最大で40%も増加していたことが見て取れます。

    マウンダー極小期前後の宇宙線変動
    太陽磁場の極性ごとに変動を重ね合わせたもの
    グラフ左が太陽磁場が負極性 (太陽の北極がS極,南極がN極)
    右が正極性 (北極がN極,南極がS極)

     現代においては、太陽磁場の反転の影響は、宇宙線の変動パターンが11年ごとにわずかに異なるという程度にしか影響しませんが、マウンダー極小期では宇宙線の22年変動 (実際には太陽周期が伸びたために28年周期) の振幅が増幅していたことになります。
    これは、黒点が消失し、太陽表面の磁場の乱れが極端に減ったことで、太陽圏の構造にも影響が出ていたことを意味します。

     カレントシートはめったに平らにはなりませんが、実は観測史上1度だけ、真っ平らになる様子が観測されたことがあります。 それは1954年のことです。 ごく短期間でしたが、太陽の南北の極周辺の磁場が非常に強くなったために、それによって低緯度の風が押しこまれる形になってカレントシートが真っ平らになりました。 1954年6月30日の日食時に、太陽からまっすぐに伸びるコロナの磁場が観測されています。


    これは特別な例ですが、カレントシートはむしろ、太陽活動が低下したときに平らになりやすいと考えられます。
    太陽表面で徴小な磁場の乱れすらもなくなってしまった場合に、太陽磁場は完全な双極子型となり、シートが平らになるのです。

    太陽圏環境に左右される気候
     宇宙線の変動幅は現代においては最大でも20〜30%程度ですから、マウンダー極小期でその20〜30%に加えて28年に1度、一時的にさらに40%も宇宙線が増加していたというのは、宇宙線の気候変動への影響を検出する絶好の機会となります。
    好都合なことに、40%ものピークは1年だけ続くという特徴的な変動ですから、見分けやすくもあります。
    そこで私たちは、マウンダー極小期の太陽周期を復元するのに使った木の年輸を使って、当時の気候変動についても調べることにしました。‥‥‥

    得られたデータには、確かに28年に1度の大きな変化が見られました。
    エルニーニョなど地球自身が持つ気候のリズムはかなり大きな変動ですが、その変動から明確に突き抜けた湿潤化のピークが観測されたのです。

    炭素14ベリリウム10のデータを組み合わせてみたところ、宇宙線量が40%増加したまさにその年に、梅雨時期の雨が増えていたこともわかりました。
    そのほか、グリーンランドの氷床から復元された気温や、北半球の平均気温などのデータからも、28年の周期が見つかりました。
    いずれも、宇宙線のピークが見つかった太陽磁場の極性が南向きのときに、急激な気候変動があったことを示しています。
    宇宙線が急激に増加する太陽磁場が南向き (負極性) のときに,
    日本では梅雨時期の雨が増え,
    グリーンランドでは寒冷化が起こっている。

    太陽圏の環境の変化が、宇宙線の変動に影響し、そしてそれを通じて地球の気候に作用している、という概観が見えた瞬間でした。



  • 引用文献
    • 宮原ひろ子 (2014) :『地球の変動はどこまで宇宙で解明できるか』, 化学同人 (DOJIN選書), 2014.

  • 参考/情報サイト