Up 平凡社『世界大百科事典』「アイヌ」/知里真志保 作成: 2016-12-04
更新: 2016-12-04


    「国連総会記念演説」/アイヌ協会 (1992-12-10 )  
     
    第二次世界大戦が終わると、日本は民主国家に生まれ変わりましたが、同化主義政策はそのまま継続され、ひどい差別や経済格差は依然として残っています。
    私たちアイヌ民族は、1988年以来、民族の尊厳と民族の権利を最低限保障する法律の制定を政府に求めていますが、私たちの権利を先住民族の権利と考えてこなかった日本では、極めて不幸なことに、私たちのこうした状況についてさえ政府は積極的に検討しようとしないのです。
    ‥‥‥
    日本のような同化主義の強い産業社会に暮らす先住民族として、アイヌ民族は、さまざまな民族根絶政策(エスノサイド)に対して、国連が先住民族の権利を保障する国際基準を早急に設定するよう要請いたします。
    また、先住民族の権利を考慮する伝統が弱いアジア地域の先住民族として、アイヌ民族は、国連が先住民族の権利状況を監視する国際機関を一日も早く確立し、その運営のために各国が積極的な財政措置を講じるよう要請いたします。

    日本は,「アイヌ」に対する「ひどい差別」があり,「エスノサイド」政策が行われているところ,というわけである。

    「ひどい差別」の対象は,「アイヌ系統者」ということになる。
    「エスノサイド」の対象は,「アイヌ系統者の生活様式(文化)」ということになる。
    よって,「国連総会記念演説」からの上記引用部分は,つぎを含蓄 (implication) する:
    1. 日本人は,周りに「アイヌ系統者」を見て,これを同定している。
    2. 日本人は,周りに「アイヌ系統者の生活様式(文化)」を見て,これを同定している。

    bは,すぐにわかるウソである。
    aもウソである。
    そもそも,ひとは,「アイヌ系統者」に関心をもっていない。
    「アイヌ」についての知識をもっていない。
    「アイヌ系統者」を見てこれを同定するなど,あるわけがないのである。


    「アイヌ」は,終焉した存在である。
    この「アイヌ」を自称する者がいる。
    彼らは,「アイヌ」を(かた)る者であり,本論考はこれを "アイヌ" と定義した。

    "アイヌ" は,「アイヌ系統者」とイコールではない。
    "アイヌ" は,アイヌ系統者の一部である。
    そして,"アイヌ" のさらに一部が,「ひどい差別」「エスノサイド」を唱える者たちである。
    彼らは,"アイヌ"イデオロギーである。

    「アイヌ」を思想・科学する者は,アイヌが終焉した存在であることを確認する者になる。
    知性・理性は,アイヌが終焉した存在であるという事実を否定・隠蔽できない。
    この事実を否定・隠蔽できるのは,"アイヌ"イデオロギーである。


    "アイヌ"イデオロギーは,アイヌ系統者でない者が発する「アイヌは終焉している」に対しては,「ひどい差別」「エスノサイド」のことばを用いて,この言論を封じ込める運動をする。
    しかし,「アイヌは終焉している」は,アイヌ系統者の中から出てくることがある。
    これは, "アイヌ"イデオロギーにとってひじょうに都合の悪いものになる。
    アイヌ系統者の言に対しては,「ひどい差別」「エスノサイド」は言えないからである。

    知里真志保 (1909-1961) が,平凡社『世界大百科事典』(1955) の「アイヌ」の項目,【総説】を書いた:
     
    【総説】
    東アジアの古種族の一つ.
    アイヌとはく人〉の意で, なまってくアイノ〉ともいわれた.
    古くは日本の内地にも住み,日本歴史の上ではくえぞ〉くえみし〉(蝦夷(えぞ),夷, 狄)とも呼ばれた.
    樺太(サハリン)のアイヌ語に雅語でく人〉を意味するくエンチウ〉という語があり, くえぞ〉くえみし〉はそれから出たといわれる.
    アイヌはもと千島(クリル列島), 樺太, 北海道に住み, それぞれ, 千島アイヌ, 樺太アイヌ, 北海道アイヌと呼ばれた.
    このうち, 千島アイヌ(97人)は, 1884年(明治17)に根室の小島シコタン(色丹)に移されて, 色丹アイヌとも呼ばれたが, 年々減少して数人を残すのみになり, 今は日本人の中に姿を没してしまった.
    樺太アイヌは, 南樺太の東西両海岸各所に集落をつくって, 主として漁民の生活を送っていたが, これも第2次世界大戦後はほとんど北海道に移住してしまった.
    今は樺太アイヌも北海道アイヌも等しく北海道に住んでいるわけである.
    人口は, 北海道アイヌ約1万5000,樺太アイヌ約1300といわれているが, 正確な数は不明である.
    今これらの人々は一口にアイヌの名で呼ばれているが,その大部分は日本人との混血によって本来の人種的特質を希薄にし, さらに明治以来の同化政策の効果もあって,急速に同化の一途をたどり, 今やその固有の文化を失って, 物心ともに一般の日本人と少しも変わるところがない生活を営むまでにいたっている.
    したがって, 民族としてのアイヌはすでに滅びたといってよく,厳密にいうならば, 彼らは, もはやアイヌではなく, せいぜいアイヌ系日本人とでも称すべきものである.

    これは,"アイヌ"イデオロギーにとって,特段不都合なものになる。
    知里真志保は,知識人 "アイヌ" という存在になるからである。

    知里真志保の【総説】は,いまの平凡社『世界大百科事典』には無い。
    知里真志保が世を去った後,"アイヌ"イデオロギーが平凡社に対し,【総説】の内容について「アイヌ差別」を訴えた。
    そして,平凡社がこれに服した。

    "アイヌ"イデオロギーとは,こういうことをするものである。