Up 作成: 2016-12-06
更新: 2019-11-11


    (1) 生活の中心に酒
    アイヌは,酒が生活の中心にある。
    酒は,神事の要素である。
    アイヌの食事も,神への祈りから始まるから,酒で始まる。
    酒を神に捧げた上で,それを飲む。
    また,男たちが囲炉裏を囲めば,酒宴になる。

    酒は,和人との交易で得る。
    アイヌは,「物欲」が無い──衣食住に対して「足る」をもっている。
    そして足りて余った分を,酒に換える。
    交易する物が無くて酒を得られない時もある。
    その時は,アイヌの男たちにとってさびしい時である。

      Bird (1880)
    p.88
    どの家にも低い壇[宝壇、イヨイキ] があり、多少の骨董品がのっていたが、これらを別とすると、生活に本当に必要なものしかなかった。
    毎年売ったり他のものと物々交換する毛皮類によって、暮らしに潤いを与えるものがもっとあってよさそうなものなのに、得たものはすべて〈酒〉に消えてしまうのである。
    p.90
     この晩[八月二五日(二日目)の晩] もその前日の晩[一日目の晩] と同じように過ごしたが、平取(ビラトリ)には〈酒〉がなくなってしまっており、「神に酒を捧げて飲むこと」が叶わず、囲炉裏[アベオイ] にも削りかけがついた棒[イナウ] にも酒を捧げずにすまさねばならなかったために、これら未開の人々の心は悲しみに沈んでいた。
    p.126
     彼ら[アイヌ] が行う犠牲を捧げる行為は、雀にいくぶん似た無益な烏[チカプ] の死骸を、皮をはしだ何本もの棒[イナウ] の一本の傍らに置き、腐乱するまで放置しておくことだけである。
    そして、主たる行為は「神のために[酒を]飲むこと」なので、酩酊と宗教儀式とが不可分に結びつくことになり,アイヌにとっては、〈酒〉を飲むほどに信仰が深く、神々の喜びも大きいということになる。 神々を喜ばせる価値を十分にもつものは〈酒〉以外には何もないようである。 火[の神]と皮をはいだ棒[イナウ]への献酒が省かれることは決してなく、〈酒〉を盛った杯[トゥキ] を手前にゆらせながらそれを行う。
    pp.132,133
     彼らはある種の木の根から一種のアルコール飲料を作るほか、自分たちが栽培する雑穀や日本人[和人] が栽培する米からも酒を作る。
    しかし、好むのは日本の〈酒〉[清酒] だけである。
    それで、稼ぎのすべてをこれに費やし、ものすごい量を飲む。
    これは彼らが知る、あるいは考えつくことのできる最高によいものとなっている。
    泥酔することがこの哀れな未開の人間があこがれる最高の幸福になっており、彼らからすると、この状態が「神々のために飲む」という作り話の下で正当化されるのである。
    pp.141,142
    門別は強風が吹きつける場所に当たり、アイヌと和人のぼろ家が二七戸寄り集まるこの上なく惨めなところだった。 ここでは今、[鰊を獲って] 魚油を作ったり海藻[昆布] を採る短期の仕事の最盛期で、余所(よそ)からやってきた多数のアイヌと和人が雇われている。 しかし、波が高くて舟を出せないために、大酒を飲んで酔い潰れていた。 至る所に〈酒〉の匂いがあふれ、酔っ払いの男たちが千鳥足でうろついたり、地面に大の字になって倒れていた。 酔いが覚めるまで、犬のように寝転んでいるのである。 アイヌの女たちは酔っ払った夫を家に連れ戻そうと無駄骨を折っていた。
    ‥‥‥
    戸長から聞いた話だと、アイヌは和人の四、五倍飲んでも千鳥足にはならないという。 とすると、この地では〈酒〉は[英国の] カップ一杯分が8ペンス[18銭6厘] もするから、千鳥足になっているアイヌは6、7シリング[1円68銭〜1円96銭]もの金を〈酒〉に費やしてしまったことになる!


    (2) 酒の種類
      平秩東作 (1783), p.422
    酒は多くは濁酒なり。
    日本より渡る酒は、多く水をさしたる物なれ共美酒と思へり。
    醇酒を渡す事は國禁なり。酔狂に及で害ある故なり。


    (3) 飲酒の様式
      村上島之允 (1800), p.39
    飲酒(イクチケンベ)の礼殊に嚴重なり。
    先、文席(アヤキナ) (ガマで編んだ花ゴザ) を敷、客相對して両人の中央に行器(ケマコルシントク) 酒を湛如し柄杓を添る (ドウキ)(タカイシヤラ)を置、飲箸(イクパシ)を盃上におきて、客数人にしたかひ酒器のまうけ如圖。
    先、主人盃盤をとり上、酒を酌せ客に一揖す。
    客、掌を摺合せ敬畢の聲を主客共に発す。
    次、飲箸を客に授て次に盃盤を授て、主人の左の手の甲をうやうやしく撫、一揖して酒盃盤をうけとり、彼飲箸にて酒盃の上をゆたかに左、右、左して、飲箸の先にて酒をすくひ、火神水神霊神にいたるまで供し終って一揖すれ、主人敬畢の声を発し、掌を摺合す。
    次に客、飲箸にて鼻の下の髭を揚、盃盤なから飲す。
    半のて一揖すれ、主人如前、礼をす。
    飲終れ又もれり。
    礼、凡て如前、二盃にして止りぬ。
    夫より客、酒を盛せて主人に授く。
    礼おなし。
    すへて酒柄杓にて汲入るを礼とす。
    銚子を用る事をせす。

      同上, p.40
    タフカリ、一曰リムセ、一曰ヲポゞ。
    舞躍の事なり。
    遠近處々にして其流悉く大同小異あり。
    其状鳥の飜飛する形をうつし、舞と見ゆ。
    酒宴の時客に盃をすゝめ、即座に立て舞ふ事をなす。

      同上, p.58
    古椀(フシコイタンキ)
    蝦夷持傳へて酒盃となす。
    古物を貴ひ新器を賤しとす。


    引用文献
    • 平秩東作 (1783) :『東遊記』
      • 高倉新一郎編『日本庶民生活史料集成 第4巻』(探検・紀行・地誌. 北辺篇), 三一書房, 1969. pp.415-437.
    • 村上島之允 (1800) :『蝦夷島奇観』
      • 佐々木利和, 谷沢尚一 [注記,解説]『蝦夷島奇観』, 雄峰社, 1982
    • Bird, Isabella (1880) : Unbeaten Tracks in Japan. 1880
      • 金坂清則 訳注 『完訳 日本奥地紀行3 (北海道・アイヌの世界)』, 平凡社, 2012.