Up 女性の労働 作成: 2019-11-09
更新: 2019-11-09


       Batchelor (1927), pp.68-70
     アイヌの女性は大変早起きで、終日たゆまなく働く。
    ‥‥‥
    ペンリ老人が耕している畑というのはほんの僅かな地面で、そこには何本かのタバコの苗が植えであったが、老人は自分がタバコを吸うために次々と葉をむしるので苗は半ば枯れていた。
     春の繁忙期になると、女たちは寝床から起き出して僅かな時間に冷えた野菜汁を急いですすり、農具を肩にして出かけ、畑の土を起こしてそこに種を蒔く。
    夕暮れになると大きな薪の束を背負って家に戻る。
    家の中にはタ鍋の仕事が待っている。
    水を汲みに行き、(水汲みだけは私が手伝うことを許されていたが) 家族皆が食べるための夕食を用意する。
    食事がすむと後は寝床に入って眠るだけである。
    彼女たちの食事の量がびっくりする程多いのを何度か見たことがある。
    彼女たちは腹一杯食べると、満足げにほっと一息ついて、「ィペ・アエラム・シンネ」という。
    これは、〈これでやっと食べ終わった気持ちになる〉という意味を表す。
    事実、彼女たちはにこやかな顔つきをして腹一杯食べるのであった。
    ここで併せて触れておきたいことがある。
    つまり家から遠く離れた所に畑がある場合には、士起こしから種まきが終わるまでそこに小さな仮小屋を建てて、そこで寝泊まりをすることも多かったようである。
    ‥‥‥
     夏になると、女性たちはそれほど忙しくなかったようであるが、それでも、時間のかかる仕事が色々とあった。
    まず、炎天下に畑の草取りをしなければならなかった。
    布を織るための材料にする木の皮を剥がねばならなかったし、それを糸状に経って布を織らなければならなかった。
    またゴザ (茣蓙) も編まねばならなかった。
     秋がめぐって来るとすぐ、急いで(きぴ)をとり入れ、豆を収穫し、(かぷ)人参(にんじん)を土から抜きとり、じゃが芋も掘らねばならなかった。
    黍の収穫の仕方は大変簡単であった。
    これには、貝殻や石を用いていた昔が偲ばれるような道具を用いていた。
    小さな貝殻で黍の穂先の実の部分を摘みとりながら(うね)の間を歩いて行けばよかった。
    茎の部分はそのままにしておいた。
    畑の収穫が終わって間もなく、女性や子供たちは山へ栗拾いに出かけた。
    粟は重要な食料源であった。
    また山ぶどうも採集した。
    この頃、女性たちはオオウパユリの根も掘った。
    これを洗い、よく煮てどろどろの状態になるまで()き砕き、これを丸めて天日に干して冬の食料に備えた。
     人びとの間にはとり立てていう程の農具はなかった。
    畑には特に肥料を入れることもなかった。

      串原正峯 (1793), pp.500,501
    ‥‥‥夫に能く仕へ、
    鯡漁の節は濱邊へ出、鯡の腹を鯖差を以て是をさき、数の子、白子等は撰む事はメノコの役なり。
    又は山へ行、薪木を取り飯料草の根を掘(り)
    アツシにて反物を織(り)
    水もメノコが汲事なり。
    シントコに水一盃 シントコとは桶をいふ事にて,貳斗入酒樽の明き樽を用ゆ 是を背に負ひ、家近き川へ行、水を汲み、背負ひ、桶に付たる縄を額へ懸け運ぶ。
    尤川近き所はキヤラシベにて運ぶも有 キヤラシベは手桶の事なり
    多くはニツシといふ物 是はカバといふ木の皮にて作る曲ものなり にて提歩行なり。
    此ニツシは水も入、又は運上屋へ酒など買に来る時是を用ゆ。
    風雅なる器なり。
    運上屋へ来りてもシャモ 日本人の事 に向ひ物いふ事を慎み恥らひ、無言にて差うつむきて居るなり。
    其所にアイノ居れば、(それ)を頼み用向をいひ出すなり。

      同上, p.500
    小兒を負に、肌に付て背中に負、小兒の首を襟の所へ出し、イヨマシキといふものにて小兒の腰をアツシのチミプの上より押へ、タレといふ平たき紐をメノコの首へかけ、負ひ歩行なり。
    小兒を寝せ付るに口にて「ゴララゝゝゝ」といふて寝せ付るなり。


    引用文献
    • 串原正峯 (1793) :『夷諺俗話』
      • 高倉新一郎編『日本庶民生活史料集成 第4巻 探検・紀行・地誌 北辺篇』, 三一書房, 1969. pp.485-520.
    • Batchelor, John (1927) : Ainu Life And Lore ─ Echoes of A Departing Race
        Kyobunkwan (教文館), 1927.
        小松哲郎 訳『アイヌの暮らしと伝承──よみがえる木霊』,北海道出版企画センター, 1999.