Up ヒグマ被害 過去最高」って? 作成: 2022-01-03
更新: 2022-01-03


      読売新聞, 2021-12-26
    ヒグマ被害 過去最高
     ドングリやサケ 不足
     駆除中止 生息数倍増
     北海道で今年度、ヒグマに人が襲われる被害が相次いでいる。 死傷者12人、目撃2163件(11月末時点)といずれも過去最多で、札幌市の市街地でも住民ら4人が負傷。 駆除を中止したことによる生息数の増加や、ドングリなどのエサ不足も影響しているとみられる。 道は、1月末までとしている狩猟期間を春まで延長することも検討している。
      死傷12人 目撃2000件超
     札幌市東区の住宅街で6月の早朝、40〜80歳代の住民ら4人がヒグマに襲われた。オスのヒグマ(体長約1メートル60、体重158キロ)がごみ出しの男性らを次々と襲い、近くの陸上自衛隊丘珠駐屯地に侵入。滑走路を共有する札幌丘珠空港が封鎖され、計8便が欠航する事態となった。
     山がない東区での出没は、市が記録を取り始めた2004年以降で初めて。市は、繁殖期にメスを探し、山間部から河川や水路を伝ってきたとみている。
     近年は年間の死者が0〜1人だが、今年度は4人が犠牲になった。津軽海峡に面する福島町では7月、農作業中の70歳代女性が襲われて亡くなった。畑はヒグマが生息する地域だが、これまで人を襲うことはなかった。現場を調査した道立総合研究機構の釣賀一二三研究主幹は「ヒグマはある程度、人と共存できていたとみられる。今回は女性とばったり遭遇し、本能的に襲った可能性がある」とみている。
     道は1965年度から、冬眠明けに捕殺する「春グマ駆除」を行ってきたが、頭数減少で90年度から中止。その結果、推定生息数は増え、2020年度は1万1700頭と90年度から倍増した。さらに今年は、川を 遡上 するサケやカラフトマスが減り、ドングリも不作で深刻なエサ不足が発生。クマがエサを求めて人家に接近し、目撃が増えたとみられる。
       ヒグマの生態に詳しい酪農学園大の佐藤喜和教授は「生息数の増加などで人とクマとの接点が増え、新しいフェーズに入った。生活圏をできるだけ分け、森に入る際はクマがいることを前提として行動しないといけない」と指摘する。
     道は現在、狩猟期間(10月〜翌年1月)を最長4月15日まで延長することを検討中だ。担当者は「人間への警戒心が薄い個体に恐怖心を持たせ、被害を減らしたい」としている。


    ヒグマ被害 過去最高」のタイトルで何を騒いでいるかと見れば,「死傷者12人」。

    記事にもあるが,死者数は例年0か1人──2人以上になるのはひじょうに稀である。
    そしてそれも,たいていはヒグマの領分に入ってヒグマに懲らしめられたというものである。

    ヒグマは力が強いので,人を威嚇すると殺してしまうことになる。
    ヒグマは,人に対する手加減というものを知らないのである:
      砂沢クラ (1983), pp.260-263
    夫は、子を二頭産んだばかりの大グマを捕ったのでした。
     生まれたばかりの子グマは、毛のないネズミのようで、大きさは片方の手の中にすっぽり入るぐらい。 まだ、目も耳の穴も開いていません。 ‥‥‥
     少し大きくなってからは、いつもおんぶ。 ‥‥‥
     一カ月半ほどして‥‥‥ 昼間は家の中を静かに歩き回っていてよいのですが、夜になると、一緒に寝ないと泣いて泣いてうるさくてたまりません。 ‥‥‥
     夏になって、‥‥‥、子グマを外につなぐと大声で「抱っこしてくれ」と泣きわめきます。もう、抱っこ出来ないほど大きくなっているのに。
     仕方なく抱くと、抱いているうちは喜んで甘えていますが、おろそうとすると怒って、かじったりひっかいたり恐ろしいのです。


    読売新聞はヒグマ駆除が問題解決の方法の1つになるような言い振りだが,駆除はまったく問題解決にならない。
    駆除は,代わりが現れるだけのことである。
    生物の世界は,ひとりが生きていることは別のひとりが生きられないということであり,ひとりが死ぬということは別のひとりが生きられるようになる,というものなのである。

    ひとはヒグマが余裕で生きていていつも丸々しているものだと思っているが,食べ物が無くなる夏の時期などはげっそり痩せ細るのである。
    ヒグマの頭数は,食物の量の自然変動がこれを調整してきた。
    食物の少ない年は,繁殖できなくて個体数を減らす。
    食物が多い年は,繁殖できて個体数を増やす。


    よって,人の棲むところがヒグマにとって危険なところでなくなれば,ヒグマは人の棲むところに食べ物を求めて来るようになる。

    これに対しひとは,<自分の棲むところをヒグマにとって危険なところにする>を行うことはない。
    ひとは人任せがすっかり身についているし,そして実際,自分の棲むところをヒグマにとって危険なところにするためには,たいへんなコストをかけねばならないわけである。
    このコストは,「死傷者12人」のような数と釣り合うものではない。


    存在しているものとは,付き合うしかないのである。
    付き合うためには,付き合う形を学習せねばならない。
    およそ人間だけが,他の生き物と付き合う形を学習していない。
    「駆除」と「防壁」しか考えられないのである。

    人間にとって,人間以外の生き物の命はなにほどのものもない。
    ならば,人間の命も何ほどのものでもないということを,認識すべきなのである。

    「命第一・安全第一」の標語に騙されないこと。
    「ヒグマ被害」の教訓は,「死第一・危険第一」である。


    引用文献
     砂沢クラ (1983) :『ク スクップ オルシペ 私の一代の話』,
      北海道新聞社, 1983.