「数とは何か?」への答え
いろいろな数がつくられるしくみ 数は量の比 |
算数科“数と計算”領域教材研究
──分数(2): 教材化の論理 |
目次
1 分数教材に対する立場 1.1 分数=整数比=倍 1.2 分数計算=倍計算 2 分数の導入 2.1 整数比 2.1.1 “共通の単位”,整数比 2.1.2 数(かず) の整数比 2.1.3 類としての整数比 2.1.4 ユークリッドの互除法 2.2 分数 2.2.1 分数倍 2.2.2 整数?分数 2.2.3 約分,倍分 3 分数の順序関係 3.1 倍の順序関係 3.2 通分 4 単位つき分数──量の分数表現 5 分数計算 5.1 “分数計算”の知識 5.2 分数計算の指導の意義 5.3 加法 5.3.1 比(倍)の加法 5.3.2 “分数+分数” 5.3.3 同分母分数の和 5.3.4 異分母分数の和 5.3.5 加法の方程式 5.4 減法 5.4.1 加法の逆 5.4.2 減法の計算 5.4.3 逆元 5.5 乗法 5.5.1 倍の合成 5.5.2 “分数×分数” 5.5.3 ─×─=─ 5.5.4 分数の積一般,通分 5.5.5 積の公式 5.5.6 乗法の可換性 5.6 倍合成の図式,逆倍 5.6.1 倍合成の図式 5.6.2 乗法の方程式,逆倍 5.6.3 乗法の方程式(2) 5.7 除法 5.7.1 乗法の逆 5.7.2 除法のアルゴリズム 5.7.3 整数÷分数,分数÷整数 5.7.4 ─=●÷○(“整数÷整数") 5.7.5 ×と÷が混じった整数計算 6 量計算 6.1 量計算の論理 6.2 倍計算への還元 6.3 分数計算の応用の指導意義 7 数直線 8 量としての分数 9 有理数 |
“分数”の教材としての価値は,それが素材になって,量の関係概念としての整数比ないし倍の概念が子どもに学ばれていく,ということにある。 どのような指導経路を辿るにせよ最終的に分数が分数そのものとして教授/学習されていること,それの本来の意味──量の整数比──が見失われずに分数の教授/学習が進展していること,別モノの分数が教授/学習されてはいないこと,これが肝心な点である。 われわれはこれより,《分数=整数比》の立場を一貫して採るときの分数指導の体系を考えていくことにする。それは,分数の根源的な意味である量の整数比の概念(“見方・考え方”)を隠蔽せずに,却ってこれを顕在化し明示していく分数指導の体系である。 1.1 分数=整数比=倍 この場合の教材研究の一番の問題点は,分数の中心概念である比(倍)の概念の難しさである。 この難しさは,比(倍)の数学的形式の難しさとしても説明できることである。即ち,比は対(つい)そのものではなく対の類であり(例えば,2:3={(2,3),(4,6),(6,9),・・・・}),倍はこの関係を関数ないし作用のように見直したものである。 さて,ここで分数のこの中心概念の難しさを固定して捉えれば,それを隠蔽する方策を求めたり,算数科からの分数教材の撤退を考えたりということになる。しかしわれわれはいま一度,比(倍)の概念の算数教材としての可能性を探ってみることにする。 繰り返すが,分数は,量の関係概念としての整数比である。分数はこの他のものとしては指導できない──そのようなものは,既に“分数指導”ではないという意味で。 分数指導では,量の関係概念としての分数を避けられない──これを隠蔽的に扱い,直接の明示を避けるということができるだけである。しかしこれは教育的配慮になっているのか。即ち,分数教材はこのようにすることでやさしいものになったのか。やさしく教えられるならそれに越したことはない。しかし現実は,分数概念の曖昧さと見掛け上の多義性という形で,これのつけが回ってきている。 結局,《曖昧にして,見掛け上の容易さを保つ》か,《明確にして,本質的な難しさを直接受け止める》かの二つに一つである。そしてこの選択肢に対して,われわれはここでは後者の道を選ぼうというわけである。“難しさ”は回避できない──“難しさ”の回避の帰結が分数に対する理解を歪めることである以上。 1.2 分数計算=倍計算 分数指導を量の関係概念である整数比の指導として一貫させるとき,分数計算は,量の関係の間の計算として指導されるものになる。そしてこれには本質的な難しさがある。しかしここでも,既に述べたことと同様なことが強調されねばならない。即ち,これとは別の“分数計算”というものはない,ということ。 一見,〈分数=関係〉では計算はできないように思われる。しかし事実は逆で,計算は〈関係〉の計算に他ならない。量の計算と思い込んでいるものも,実は〈関係〉の計算である。 したがって,《関係の計算か,量の計算か》は選択肢にならない。選択肢になるのは,《関係の計算であることを明示するか,これを隠蔽するか》である。後者には,“直に関係では計算は指導できない(子どもの能力を鑑みて無理である)”という教育的配慮が対応する。しかしわれわれは,敢えて前者を選んで,その場合の指導の可能性を探ってみることにしよう。 強調しておくが,われわれは〈計算〉の意味を歪めずに伝えることを課題にするわけである。“本質的な難しさ”を(回避するのではなく)直接受け止めることを,課題にする。 そこで問題は,この姿勢に無理はないのかということである。われわれはそれが無理ではないことを,無理のない教材を実際に提示するという形で答えていくことにする。 2 分数の導入 分数の導入については,分数が自存できる意味をはじめから示して,そして分数が日常的に現前する形態をその意味から導いたり,またその意味に基づいて説明したりするというやり方と,これとは逆の,分数の現前する形態から出発して,分数の自存する意味を導いていくというやり方が,それぞれ考えられる。例えば,単位つき分数から入り,しかる後に単位を消去して分数そのものを顕わすというのは,後者に属する。 われわれは,前者の方をとる?)。即ち,分数を量の整数比の概念から導入する。さらにわれわれは,“比(倍)としての分数”の立場を一貫して保つことにする。 (註) 後者を採るとすれば,その理由はただ一つ,“学習の入り易さ,内容のわかり易さ”ということになろう。即ち,“入り易さ・わかり易さ”のために迂回した方法を採るということである。われわれの考えでは,この迂回のもたらす“入り易さ・わかり易さ”は,必要のないものである。それどころか,(この“入り易さ・わかり易さ”が《分数=大きさ(量)》のイメージの喚起に因るものであるために)これによって比(倍)としての分数の受容がむしろ難しくなってしまうことが考えられる。 2.1 整数比 2.1.1 “共通の単位”,整数比 分数の指導は,第3学年の,整数比の概念の導入から始まる。整数比とは,同種の二量の整数比ということであり,量の関係概念である。 整数比のここでの読み方は,“共通の単位がいくつといくつ”である。但し,“共通の単位”の意味は,“対象になっている二つの量をともにきっちり割り切る単位?1)”である。即ち,“共通”ということばに“きっちり割り切る"?2)の意味も含みもたせる。 なおこの場合,“共通の単位”ではなく,例えば,“公約量”のことばを用いることも考えられるわけであるが,これは実際のところ無理である。“公約量”と“単位”の間にステップをおくこと──“uは量x,yの公約量で,このuを単位にとるとき,xとyはmとn”──が,第3学年段階の子どもにはできないからである。(言い回しは入っても,使えるようにはならない。)そしてこれに関連して,〈単位〉への意識が希薄になるということがある。実際,“ともにきっちり割り切る単位”は,“単位”の概念の上にしっかりのせられて指導されるべき内容なのであり,〈単位〉の考えを些かでも後退させては本末転倒なのである。 (註1) 〈単位〉の概念はこれまでにも出てきている。実際,それは量の数表現(量の測定)の単元の直接の内容であるし,また,整数(自然数)の加法,乗法も,この〈単位〉の概念をもとに指導されるべき内容のものである。 (註2) “(量uは量xを)きっちり割り切る”の正確な言い方は,“uの累加の形でxを表現できる”である。 2.1.2 数(かず) の整数比 整数比の指導は,数(かず) の整数比──離散量?1)の整数比──から始め,それからつぎに稠密量と見なされている量(長さ,重さのような)に関する整数比に入る。それは,前者の方が後者より簡単であるとか,単に前者の理解が後者の理解のための足慣らしになるという理由からではない。量の整数比自体が,数(かず) の整数比だからである。実際,数(かず) の整数比に還元された二量の関係が,量の整数比ということなのである。 二量は,“共通の単位のいくつ分”と見たときに,数(かず) の対になり,整数比の形の関係表現を得ることになる。ところで,“単位いくつ分”の見方で量を数(かず) に還元するとは,〈測定〉のもともとの意味である。そしてこの意味では,二量の整数比とは測定値の整数比のことに他ならない。 したがって,整数比の指導では,測定の概念,特に〈単位〉の考えが不可欠の素地になる。そして数は,“単位がいくつ分?2)”を表わすもの(“りんごが3つ”,“りんごの山が3つ”,“3dl”,“3dlのカップ3杯”,等々)として理解されている必要がある。もし数のイメージが〈大きさ(量)〉になっているとしたら,これを矯正しておく必要がある。《数=大きさ》のイメージを引き摺っていては,この整数比の単元には入っていけない。 (註1) 離散量とは,最小単位が考えられている量の謂いである。また,それは,存在の問題ではなく,捉え方ないし立場の問題に過ぎない──即ち,最小単位を考えて,これを壊すことを禁ずるという。 (註2) “単位いくつ分”の言い回しをここでは用いているが,これは方便的な言い回しで,実際は,いくつと数えられるようなものとして単位が存在しているわけではない。目に見えている“いくつ”は,“単位を表現(体現)しているものがいくつ”──例えば,1mのテープが3本──である。1mのテープは長さ1mを表現するが,長さ1mがテープの中に潜んでいるわけではない。テープはテープである。量ないし単位は,存在ではなく,論理的な概念である。そして“単位いくつ分”──例えば,“単位3つ分”──が意味するところは,(量において考えられている加法に関する)“単位の3回の累加”である。 2.1.3 類としての整数比 二量の整数比“mとn”は或る単位に関しての“mとn”であり,異なる単位をとれば,別の“いくつといくつ”の表現になる。こうして,同じ関係に表現の類(集合)が応ずる。 そこで,整数比概念の指導のつぎのステップは,この事実に気づかせることと,量の対とそれの整数比表現の類の対応を実際に把握させることである。具体的には,与えられた二量の整数比表現をいくつも挙げさせ,これらの表現を関係づけているきまりを見出させること。そしてつぎに,逆にこのきまりを用いさせて,二量の整数比表現を組織的に列挙させることである。 2.1.4 ユークリッドの互除法 共通の単位を求めさせる問題には,二つの測定値の約数を求めさせる形の問題の他に,操作によって共通の分節単位を求めさせる形の問題がある。“共通の単位”が専ら,測定値に対する計算から出てくるものとして,あるいは教師から与えられるものとして受け取られるようでは拙い。そのために,後者の問題を取り上げておくことは必要である。 共通の単位を組織的に求める操作は,ユークリッドの互除法である。そして,これの素材は,実際問題として,(長さの表現としての)テープ図に限られる。かさ(容積),重さ,時間の場合には,対物操作が非常にうるさくなり,操作の過程全体を見通すことからして難しくなる。実際,テープ図の場合にも,手作業は結構うるさい。2階の互除(最初の余りで割って出た余りで割り切れる)のレベルで早や,操作の過程全体を見通すことが難しくなってくる。したがって,ここでは1階の互除(最初の余りで割って割り切れる)だけを教材化してみる。そしてこれは,現行の分数指導の中にもある“余りに着目する”という考え方の指導に他ならない。 2.2 分数 2.2.1 分数倍 分数は,分数倍として導入する。そしてこの分数倍の導入は,整数倍の整数をそのまま分数に置き換えるという形で行なう。 即ち,整数倍?)を整数倍の関数(ブラックボックス)として示し,例えばn倍なら,“n倍”のことばを与えるとともに,《アウトプットが,インプットを単位としてこれのn個分》という押さえ方をさせる。そしてつぎに,インプットとアウトプットが整数比m:nのブラックボックス(n/m倍の関数)を導入する。ここで整数倍を,インプットとアウトプットが整数比1:nの関係になるブラックボックスと捉えさせることにより,n/m倍のブラックボックスに対しての“倍”の呼び方を誘導して出させることが可能になる。残るは“〜倍”の表現の中の“〜”であるが,これは定義として与えるしかない。 (註) 整数(自然数)は数(かず) の表現に用いることができる。ここで“数(かず)"とは,“単位がいくつ”のことである。例えば,数(かず) nは,単位がn個のことである。そしてこのときの単位は,変数(変項)である。即ち,単位として考えられさえすればどの量でも単位になるわけである。そこで整数nは,単位として考えたものにそれのn個分を対応させる関数として,捉えることができる。そして“整数倍”のことばを,この関数に対するものとして考えることができる。 2.2.2 整数?分数 分数は,“整数倍”概念の拡張としての分数倍ということで,導入された。そして分数がこのように整数の拡張として導入されることによって,今度は逆に,整数は分数の特別なものとして見直されることになる。即ち,倍の構造という点では,インプットとアウトプットが“1とn”の関係にあるようなものとして,また,表記の点では,分母が1の分数として。 2.2.3 約分,倍分 与えられた二量の整数比表現の類についての事実には,(その二量の整数比が示す)倍の分数表現の類についての事実が1対1に対応する。特に,約分,倍分の内容は,整数比のところで終わっている。 3 分数の順序関係 3.1 倍の順序関係 分数=分数倍ということで,分数には倍の順序関係が入る。但し,倍(関数)の順序関係とは,同じインプットに対するアウトプットの大小関係で決められるところのものである。そして実際ここでは,分数の順序関係をまさしく倍の順序関係として導入することにする。 ここの単元の目的は,筋としては,この順序に関して分数が線型にかつ稠密に整列することを押さえさせ,またこの整列の模様を数直線の形にして捉えさせることにあるわけであるが,これ以降の分数指導の展開という観点からすれば,分数の整列を実現する手続きとして問題になる“通分”が,むしろ重要な指導内容ということになる。実際,このような形で“通分”の学習をいまのうちに済ませておくことは,後にくる分数の加法,乗法の指導をかなり身軽にすることに効く。 そこで,この単元での指導は,具体的にはつぎのようになる。先ず,分数の順序関係を倍の順序関係(“大小”のことばで読ませる)として導入する。つぎに,同分母分数について大小関係を判定させる。そしてこのとき,分子の大小で分数の大小が決められることを押さえさせる。 それから,異分母分数の大小関係を問題化する。そしてこのときに,異分母分数を同分母分数に直して大小を比較するという考え方に導き,問題を“通分”の問題に還元させるわけである。 3.2 通分 分数はここでは分数倍のことであるから,異分母分数n/mとn'/m'の大小関係は,量x≠0に対する,x? n/m とx? n'/m'(下付の?をここでは倍の記号として用いる)の大小関係になる。 x?n/m は,x=u?mとなる量uに対するu?nである: (1) (m) x : ??──────?? u x?n/m: ??────?? (1) (n) x? n'/m' についても同様である;ここで,上のuに対応する量をu′とする。 さて,x? n/m とx? n'/m' の大小比較のアイデアは,xの二つの分節単位uとu′の共通の細分になる量u″を求めるというものである。実際,このようなu″がとれて u=u″?k,u′=u″?k? (k,k?:整数) となるとき,x,x?n/m,x?n'/m' はそれぞれM=k×m=k?×m?,k×n,k?×n?個のu″へと分節される?)。そして,x?n/m とx?n'/m' の大小関係は,整数k×nとk?×n?の大小で決定される。また,x?n/m とx?n'/m' がxの ── , ── であること,したがって n/m= ── ,n'/m'= ── であることを得る。 しかしこの内容は,直接指導にのせるには,うるさ過ぎる。そこで指導の方は,既習の約分,倍分をつかって異分母分数を同分母分数に直すことをさせ,そしてこのとき出てきた新しい数について,その出所を図式の中に求めさせる,というやり方をとる。このとき,強調点はあくまでも,xのm等分とm′等分から,これらの共通の細分としてのM等分を求める──これを実現するような単位u″をuとu′から求める──というアイデアである。実際,このことこそが“通分”の本来の意味である。“通分”とは,異分母分数を同分母分数に直すことではない。(分数の積=倍合成のときには,一方の分数の分子と他方の分数の分母の間に“通分”が起こる。) (註) ここでの“分節”とか“細分”のことばの使用は,もちろん方便である。実際,量はものではない。正しくは,単位量の“累加”のことばを用いなければならない。 4 単位つき分数──量の分数表現 分数による量表現は,量を単位量の分数倍の形に表わすことである。ここで単位量として私的なものではなく公的なものを採り,この単位量にあてられた名を分数の後に付せば,われわれのよく知っている表現形態──3/4m,3/4km/hのような──が得られる。そして以上のことが,そのまま指導の内容になる。 この単位つき分数は,これまでの単位つき整数の概念の拡張である。そしてこのとき拡張されるのは,表現の構造である。単位つき整数から単位つき分数に移行できるためには,単位つき整数の表現の構造が拡張されねばならない。 例えば単位つき整数“4m”の表現の構造を《“m”が示す単位量?1)の4回の累加》としたのでは,単位つき分数は得られれない。しかし,“4m”を,“単位量の4倍(整数比1と4)”の表現として読み換えれば,単位つき分数を導くことができる。 単位つき整数に対するこの読み換えは,単位つき分数を射程におくのでなければ必要なかったものである。それは,単位つき分数の中に単位つき整数を埋め込むための読み換えである?2)。しかし,指導としては,この読み換えをさせ,その上で,単位つき分数を導入するということになる。 (註1) “単位量(長さ)1m”の言い方を用いれば,“1m”は1mの長さで説明されることになって,循環論法になってしまう。しかし,この循環は見かけ上のものである。実際,1mの長さに別の名──例えばm──を与えれば,“1m”はmの一つ分,即ちm自身の大きさというように説明され,この説明に不合理はない。 はじめの見かけ上の循環論法の不都合は,単位量それ自体を係数なしで示す記号法がないことによっている。これははなはだ不便である。“4m”は,“1mの4つ分”という形よりは“mの4つ分”という形で説明される方が直接的で,誤解がないのである。将来は,この後者の記号法を慣例にしていきたいものである。 (註2)自然数“4”に対する“4m”のような使い方は,本来,数(かず)──“単位いくつ分”──としての自然数の使い方であって,“りんごが4つ”の場合と全く同じものである。 そこで“4m”についての“単位量の倍”の読み換えには,“りんご4つ”の場合,“りんご1個という量の4倍の量”という読み方が応じることになる(“離散量"!)。 5 分数計算 5.1 “分数計算”の知識 分数の和,積を教えることの意義は何か。子どもが分数計算を知り,これができるようになることの教育的価値は,どれ程のものか。 ところで先ず,“分数計算”とはどのような知識のことなのか。 例えば,それは純粋に論理的(数学的)な知識──即ち,形式的規則(文法),形式的事実についての知識──でもあり得る。そしてこのような知識は,それはそれで一つの世界(論理的=数学的世界)を構築する。 数計算そのものは,規則=文法に従う数字操作である。これは数計算のシンタックスのレベルであり,ここでは数計算は意味抜きで自律している。実際,われわれも子どもも,意味に無頓着に数字の文法的運用としての計算をできるし,そしてこのときには,意味はむしろじゃまになる。しかし,意味を欠いたシンタックスとしてのみの分数計算は,所謂“アブストラクト・ナンセンス”であり,分数計算指導のゴールになるものではない。 また,“分数計算”の知識としては,分数計算の形式の理由についての知識も挙げられる。それは,“何故このような形式なのか?”の問いに答える知識である。そしてまた,それは形式の意味?1)についての知識ということになる。 分数計算の形式の理由として述べられるものは,量計算である?2)。量計算が,形式の意味のルーツになる。しかしそのためにいつも量計算にまで遡って意味が説明されねばならない理由はない。説明は,その以前に確定されている意味に基づいて行なわれればよい。例えば,分数の乗法の形式が量計算を意味として一旦説明されれば,除法の説明はこの乗法の逆という形で済ませることができる。量計算の意味にまで遡る道が確保されているからである。 “分数計算”の知識としては,あと一つ,分数計算の形式の応用についての知識を挙げておく。 形式の論理についての知識,形式の理由(意味)についての知識,形式の応用についての知識は,一応互いに独立なものと考えることができる。しかし,“分数計算”の指導は,これらをきっちり関連づけ,特に,形式の意味についての知識に他の二つの知識を従属させるのでなければならない。わかった上でできるようにすることが問題なのであり,そのために,意味に即いた指導ということになる。 (註1)〈意味〉は,分数計算の形式(文法)を子どもに受け入れさせるための方便のことではない。 (註2) ベクトルとしての量は二つの算法をもつ。加法+と倍?であり,これにはそれぞれ分数の和,積が応ずる。実際,任意の量xは単位量uに対しu?ξ(uのξ倍)の形に書け,一方, (u?n/m)+(u?q/p)=u?(n/m+q/p), (u?n/m)?q/p=u?(n/m×q/p). われわれは,分数の和と積をこの意味に即く事実法則として指導していくことにする。 5.2 分数計算の指導の意義 分数計算に対しての《量の関係に代数が入り,その代数が量計算をなしている》という認識は,高次であるが本質的なものである。われわれは,これを指導のゴールに据えることにする。 量計算は〈関係〉の計算であるが,ひとは実践していながらこれを〈関係〉の計算と思わず,またそれどころか,〈関係〉では計算できないと思ってしまう。こうしてひとは,結局数の理解には至らない。 われわれの立場は単純であり,子どもに数というものを理解させることがここでの分数指導の目的である。数は“係数”である。このことが認識されなければ,例えば,負の数も,行列も本当にはわかるようにならない。したがってわれわれは,分数計算も“係数”の計算──即ち,〈倍〉の計算──であることを明示して,指導していくことにする。 繰り返すが,われわれの目的は数の理解である。したがって,分数計算が“日常生活に使われない”といったことは,問題にならない?)。数の理解のために分数計算の理解は不可欠である。したがって,われわれは分数計算は指導する意義があると考える。 学習者はここで,関係の和と合成の概念を得ることになる。そしてこのことが分数計算の学習の意義のすべてである。他のもの(例えば,“一般的能力,望ましい傾性の陶冶”)によって合理化される必要はない。 しかしこのときには,ここで考えているような数の意味が算数科の段階で教えられるのか──“どの程度まで教えられるのか",“どこまで教えるのか",“教えてよいのか"──ということが,教育実践的な問題になる。われわれはここでは,“教え得る”また“教えてよい”と考えて,“教えていく”立場をとる。 (註)しかし,分数計算のところで算数科の落ちこぼれが顕著につくられているという問題の方は,無視できない。もっとも,(算数科における)分数計算無用論は,この問題と“分数計算の応用的価値”を秤にかけて出てくるようなものであってはいただけない。 5.3 加法 5.3.1 比(倍)の加法 分数の加法の意味は,量の比(倍)の加法である。(これを量としての分数の加法として考えようとしても,加法が実行されるときには,それは比(倍)の加法になっている。)そこでわれわれは,教材の上でも分数の加法を量の比(倍)の加法として明示し,これを指導していくことを考えてみる。 分数の和は,任意に固定した一つの量x≠0の係数の和として示されるものであって,このときには結果もxの係数である。ここでxは変項(変数)として機能しているわけであり,したがって,この教材はかなり高度な内容のものということになる。しかしだからと言って ── この点は特に強調しておかねばならないが ── これに代わる〈意味〉は無いのである。 5.3.2 “分数+分数” 整数(自然数)に対して用いてきた“+”を分数に対しても用いることは,“+”の意味の拡張である。そしてこれが,分数の加法の導入での最初のテーマになる。 拡張されるのは,整数の場合の加法の構造である。その加法の構造を図式: x m n y z m+n y+z で示すことにする?1)。このとき課題は,この図式を図式: x n/m q/p y z n/m+q/p y+z へと拡張することである?2)。そして指導の方は,“分数+分数”の記号法を加法の図式の同一性を理由に受容させるという内容のものになる。 (註1) 整数の加法を分数の加法に拡張するためには,整数の加法の図式を倍の和の図式にしておかねばならない。また,この加法図式は,加法に対する“足し算",“寄せ算”の捉え方(分数=大きさ(量)のイメージと呼応するもの)を退けることにも効く。 (註2) 分数計算の教材研究での問題の中心は,分数計算の理解図式である──“本質的であり,しかも指導可能なものは何か”。 5.3.3 同分母分数の和 分数の和一般にいく前に,同分母分数の和を済ませておく。但しそれは,“足慣らし”という意味からではない。分数の和一般は同分母分数の和に還元されて計算されるという意味で,分数の和は畢竟同分母分数の和だからである。 5.3.4 異分母分数の和 通分が既習となっているので,ここの指導内容は,異分母分数の和を同分母分数の和に書き直すという考え方に誘導することと,通分が加法の図式の上でどこでどのように現われているかを押さえさせることの,二点である。 5.3.5 加法の方程式 分数の加法の方程式を,同分母分数の方程式に書き直して分数の間の方程式にもっていくという手順で解くことを,指導する。これによって,減法の計算が事実上済ませられたことになり,後の減法の単元では,減法の概念の理解ということに専ら焦点を当てることができるようになる。 5.4 減法 5.4.1 加法の逆 減法は,“引き算”ではなく,加法の逆である。そしてここでの指導も,この考え方で行なう。即ち,減法を加法の逆として指導する。それにそもそも,倍に関して“引き算”の意味は成り立たない。 5.4.2 減法の計算 式 n/m−q/p=? を加法の方程式 ?+q/p(=q/p+?)=n/m に読み換えることによって,既習内容にもっていく。また,同分母分数に直したときの結果: を取り上げておく。 5.4.3 逆元 第6学年では分数の除法を乗法の逆として導入する。しかし,減法と除法の計算指導はそっくりは対応していない。即ち,−n/m(“−”は“引く"と読む)と ÷n/m をそれぞれを加法と乗法の逆として意味づける点までは対応しているが,÷n/m が ×(n/mの逆)=×m/n のように指導できるのに対し −n/m は +(n/mの逆)のようには指導できないという意味で,対応していないのである。−n/mを +(n/mの逆)のように指導できないのは,加法+に関する n/m の逆は負数であって,これは算数科の内容を出てしまうからである。 5.5 乗法 5.5.1 倍の合成 われわれの分数指導の立場は,関係概念としての分数=分数倍を明示的に教材化することであるが,このとき分数の乗法における課題は,分数の積を明示的に比(倍)の合成として教材化することとなる。 5.5.2 “分数×分数” 整数(自然数)に対して用いてきた“×”を分数に対しても用いることは,“×”の意味の拡張である。そしてこれが,分数の乗法の導入での最初のテーマになる。 拡張されるのは,整数の場合の乗法の構造である。その乗法の構造を図式: x m m×n y z n で示すことにする?)。このとき課題は,この図式を図式: x n/m n/m×q/p y z q/p へと拡張することである。そして指導の方は,“分数×分数”の記号法を乗法の図式の同一性を理由に受容させるという内容のものになる。 (註) 整数の乗法を分数の乗法に拡張するためには,整数の乗法の図式を倍の合成の図式にしておかねばならない。また,この乗法図式は,乗法に対する“掛け算”の捉え方(分数=大きさ(量)のイメージと呼応するもの)を退けることにも効く。 なお,この倍合成の図式を教材に取り上げることは,現在金沢市立新神田小学校教諭の太田秀人の発案による('85日数教奈良大会小学校部会で藤森・太田共同発表)。 5.5.3 ─ × ─ = ─ 分数の和は同分母分数の和において直接計算できるが,分数の積の場合これに対応するのは,─×─ の形の積──前の分数の分子と後の分数の分母が同じ数──である。 実際,このときには,二つの分数のそれぞれに対応している単位が同じであり,よって,単位の取り直しをせずに,はじめの量と合成の結果の量の整数比を出せることになる: 1 m ??──────?? n/m p/m ??───?? ─? ??─?? 1 n p/n 1 p 5.5.4 分数の積一般,通分 分数の和は通分して計算された。それは,[同分母分数の和=直接計算できる分数和]への変形である。 分数の積の計算も,“通分”の形式をとる。即ち, n/m × q/p はnとpの(最小)公倍数Lに対して,= ── × ── = ── (但し,h,h′はL=n×h=p×h?となる整数)のように計算される。一方の分数の分子と他方の分数の分母に関して“通分”をして,直接計算できる分数積の形 ─×─ にこれを変えるわけである?)。 そこで,ここの指導内容は,分数の積を ─×─ の形に書き直すという考え方に誘導することと,通分が乗法の図式の上のどこでどのように現われているかを押さえさせることの,二点になる。 (註) これは,数学での“(二項)関係の合成(グラフの合成)”の概念と,そっくり対応している。 先ず,ここで考えている倍としての分数は,整数の二項関係(グラフ)である。例えば,分数 2/3 は,二項関係としての集合(グラフ){(3,2),(6,4),(9,6),・・・・}のことである。 そして,二つの関係(グラフ)ξ,ηの合成ξ×η(=η?ξ)は,(r,s)?ξ,(s,t)?ηとなるsが存在するような対(r,t)の属する関係(グラフ)として定義されるが,これは,b/a×d/c に対し b/a=f/e,d/c=g/f となるe,f,gを求めて,=f/e を結論するということである。例えば,2/5× 3/4 は, 2/5 ={(5,2),(10,4),・・・・} 3/4 ={(4,3),(8,6),・・・・} の(10,4),(4,3)を見て,(10,3)の属する類の 3/10 であることが結論される。(参考に,3/4 ×2/5では, 3/4 ={・・・・,(20,15),・・・・} 2/5 ={・・・・,(15,6),・・・・} から,=6/20={・・・・,(10,3),(20,6),・・・・} =3/10。) 5.5.5 積の公式 分数の積の計算法は,通分と,通分された項の消去という形で指導するわけであるが,積の公式: n/m × q/p = ── もここで取り上げておく?)。 積の公式は, n/m × q/p = ── × ── = ── の通分の仕方に対応している。この通分は,以降の計算(約分)に関しては効率のよいものとはいえない。しかしこの公式によって,分数の積を差し当たり一つの分数にしてしまうということはできる。そして実際,このことに積の公式の意義はある。 (註) 積の公式に並行して分数の“和の公式”を言うとすればそれは n/m + q/p = ───── ([有理数=整数対]の和の定義!)であるが,こちらの方は,(少なくとも明示的には)現行の指導内容にはなっていない。また,ここでも取り上げない。 5.5.6 乗法の可換性 乗法の可換性を,積の公式によって押さえさせる──これを図式に戻って説明するとなると,かなりうるさいことになる。 5.6 倍合成の図式,逆倍 5.6.1 倍合成の図式 われわれの分数指導の流れでは,除法は著しく簡明な内容になる。しかしこれは,倍合成の図式が十分身についていなければ,入っていかない。 倍合成の図式の指導では,つぎのことがゴールになる。先ず,項と矢線の位置関係を相対的なものとして認識できること。即ち,以下の図式をすべて同一のものとして見れること: A A n/m ? ? n/m B ───? C C ?──── B q/p q/p B B q/p n/m n/m q/p C ?─── A A ────? C ? ? C C ? q/p q/p ? A ───? B B ?──── A n/m n/m そして,《Aの n/m 倍がBで,Bの q/p 倍がC(BはAの n/m で,CはBの q/p)》の形の表現を倍合成の図式に何なく翻訳できること。 5.6.2 乗法の方程式,逆倍 分数の乗法の方程式を,倍合成の図式の上で考えさせ,逆倍のアイデアに誘導して解かせる: A A n/m q/p m/n q/p ?? B ───? C B ───? C ? ? A A ? q/p ? q/p ?? B ───? C B ?─── C n/m m/n この指導によって,除法の計算は事実上済ませられたことになり,後の除法の単元では,除法の概念の理解ということに専ら焦点を当てることができるようになる。 5.6.3 乗法の方程式(2) 後出の《─=●÷○》で,その意味の指導が計算が加わることで希薄になることがないように,その計算をここで 整数×?=整数,?×整数=整数 の方程式を素材にして事実上済ませておく。 A A m n 1/m n ?? B ───? C B ───? C ? ? A A ? n ? n ?? B ───? C B ?─── C m 1/m 5.7 除法 5.7.1 乗法の逆 除法は乗法の逆算法のことである。われわれは除法をこの本来の意味において導入する。──“割り算”のようには導入しない。 但し,分数の除法を乗法の逆として直接定義するのではなく,整数の除法を乗法の逆と読ませ,その“乗法の逆”の読み方をとらえて分数の除法を導入する,というようにする。そのために,整数の除法を乗法の逆として捉えさせるステップを始めに置く。 除法の意味は,乗法のそれに従う。ところで分数の乗法は,倍の合成として意味づけられていた。よって分数の除法は,倍の合成の逆として意味づけられることになる。即ち,二つの倍ξ,ηに対しξに[を]?)合成するとηになるような倍を求める算法というのが,ここでの除法である。そしてこの計算法は,分数の乗法の方程式のところで既に済ませている。 (註) 除法η÷ξには,乗法の方程式がξ×?=ηと?×ξ=ηの二通り立つ。そしてこのことも,指導の内容になる。 5.7.2 除法のアルゴリズム 積の方程式は,逆倍を考えることで,乗法を用いて解けた。そして分数をひっくり返すとこれの逆倍が得られることにより,分数の除法 n/m ÷ q/p は積 n/m × q/p の計算にかわる。 ÷ q/p を× q/p にかえる分数除法のアルゴリズムが,ここでは,整数比(“いくつといくつ”)を読む方向を単に逆にするということで説明できてしまう。分数=整数比(“いくつといくつ”)の見方が,ここで効いているわけである。 5.7.3 整数÷分数,分数÷整数 整数=整数/1 の捉え直しから,整数÷分数,分数÷整数を分数÷分数に見て,これを解く。 5.7.4 ─=●÷○(“整数÷整数") 整数m,nに関する等式“n/m=n÷m”の意味は,《n/mと,mに[を]乗じてnになる数は,同じ》である。そしてこのことを事実として押さえることは,既習の内容になる。 ここでの“整数÷整数”の概念は,つぎのように分析される。われわれは分数の導入を,“倍”の概念に即いて (拡張) 整数 ? 分数 の形で行ない,そしてこの意味の上で,乗法を 整数×整数 ? 分数×分数の形で導入した。また,分数の除法は, 整数×整数 分数×分数 (形式の流用) 逆 逆 整数÷整数 分数÷分数 の形で導入した。そしてこの“整数÷整数”の段階では, 分数 ? 整数 の捉え方に応ずる 分数÷分数 ? 整数÷整数 と (逆) 分数×分数 ?? 分数÷分数 が合わさった 分数×分数 整数÷整数 ? 分数÷分数 の図式?)が,内容になっている。 なお,整数÷整数は, 整数?分数; n=n/1 の見方でそのまま n÷m=n/1÷m/1=n/1×1/m=n/m と計算できるわけであるが,これもここで併せて取り上げる内容である。 (註) n÷mを,整数÷整数から分数÷分数に移行し,つぎに分数×分数へ意味遡行して解く。 5.7.5 ×と÷が混じった整数計算 四則の混じった整数の計算式は, n÷m=n/m, ÷m=×1/m の変形規則を用いることで,分数の形にまとめることができるようになる。ここで,分数の形にしたということは,除法を最後に回し,しかも一回で済むようにしたということである?)。そしてこの式変形は,分数の四則の公式の適用として,機械的に行なうことができる。このことがここでの指導内容になる。 また,有理数,実数,複素数,有理式(ないし文字式)の除法(乗法の逆)── 一般に,体(たい)の除法──の表記に,整数÷整数と同様,分数表記を流用することにすれば,これらのそれぞれについて,それの四則演算が分数の四則の公式の適用という形で処理できるようになる。 (註) 乗法の回数を減らすには,分配則を適用する。 6 量計算 6.1 量計算の論理 量計算への分数計算の適用は,量の論理の上に分数計算をのせるという具合のものである。量の論理を知らずに,量計算はできない。 量の論理は,一般的に与えられるようなものではない。個々の量(カテゴリー)に,そして量(カテゴリー)の組の間に,それぞれ特殊な論理が考えられている(定められている)。それはついては,知る以外にない。それは知識であり,それを知ることは知識を増やすという形で知ることである。 例えば,速度 40km/h と時間 8h から距離320? を出す計算は,つぎのようになる。先ず,40km/h は,1hに40?が対応する比例関係の意味である。この比例関係においては,8h=1h?8 には 40??8=1??(40×8) が対応する。 また,タテ50m,ヨコ80mの長方形の面積4000? を出す計算は,つぎのようになる。先ず,長方形の面積はタテの長さとヨコの長さに複比例する。つぎに,1?は,タテ1m,ヨコ1mの正方形の面積であるから,この複比例関係においては,タテ 50m=1m?50 とヨコ 80m=1m?80 には面積 1??(50×80) が応じる。 またこの場合,面積の単位にa(アール)をとることにすれば,1a は 10m四方の正方形の面積であるから,タテ 50m=10m?5 とヨコ 80m=10m?8 には,面積 1a?(5×8)が応じる。 (分)数計算が量計算に応用されるとき,それが加法になるか減法になるか,また乗法になるか除法になるかは,(分)数の論理ではなく,量の論理による。乗・除法に関して言えば,倍,比例関数,複比例関数に乗法が応じ,その逆に除法が応じる。──そしてもちろん,単位間の関係(単位の定義)に基づいた係数調整が併せて必要になる。 この量の論理というものを教師がしっかり指導の射程に据えていないと,“足すんですか引くんですか;掛けるんですか割るんですか?”のように質問する子どもをつくってしまう。繰り返すが,量の論理は知識である。それは,教え込む他ない。 6.2 倍計算への還元 算数科では,量の代数を取り上げない。具体的には,量×倍,量+量,量−量,量×量,量÷量のような記号法(このときの×は複比例関数として,÷はそれの逆として,それぞれ意味づく)を退ける。四則は,あくまでも一つの量における倍に関するものである。そのために,量関係を一つの量の上の倍関係に還元するということが先に済まされていなければならない。例えば,タテ3m,ヨコ5mの長方形の面積を,“3×5=15”と立式して“15?”と答えるとき,“3×5”は“3m×5m”のことではなく,“(1??3)?5=1??(3×5)”の中の“3×5”なのである。 量関係を一つの量の上の倍関係に還元して,この関係について数式を立て,計算するというこのやり方は,実用的ではない。実際,(例えば高校の物理ないし化学のように)扱う量のカテゴリーが増えてくると,このやり方では処置し切れなくなる。そこで,何故算数科では量の代数を取り上げないのかという問題になる。 実際われわれも取り上げないわけであるが,われわれの理由ということだけで言えば,ネガティブな理由として,量の代数を算数科レベルでは説明できないということがある。“このようにしてよい”と言うことはできるし,また(色々な方便を使って)そのように教え込むこともできるわけであるが,“このようにしてよい”構造は算数科レベルでは説明できない。しかし,肝心なのはこのネガティブな理由ではなく,つぎのポジティブな理由の方である。即ち,量関係を一量の上の倍関係に還元する論理は,前節で述べた意味の量の論理そのものであり,これを知ることが量の論理を知ることである,という理由。そしてこれに比せば,その意味を閑却したままの量の代数による量計算は,算数科の内容としてははるかに低次なものである。 6.3 分数計算の応用の指導意義 量計算への分数計算の応用は,実生活的なものではない。そしてここでわれわれが量計算の応用を取り上げるのも,実生活的な意味合いからではない。われわれはここのテーマを,量計算の構造──量関係が倍関係に還元され倍関係が計算にのる──を見せる,ということに定める。中心は,量計算の問題に倍の和ないし合成の図式が立つというところである。 例えば,“3/4mの7/5倍の長さは□m”の問題に応ずる直接の図式は 7/5 3/4m─?□m であるが,これからさらに 1m 3/4 □ 3/4m ───? □m 7/5 の図式を立てさせて,□=3/4×7/5を導かせるということが,ここの指導内容になる。 7 数直線 “数直線”の単元でわれわれのすることは,数直線の構成をものさし作りとして示すことである。 数直線は,実際ものさしの作り方で作られる。即ち,端点O(オー)の半直線を定め,一方,ある長さuを単位として固定する。そして,Oからの距離が単位長さuのξ倍である点Xに“ξ”と目盛る。 u ── 1 ξ ?─?────?──?? O X u?ξ 数直線と数の関係は,ものさしとそれの目盛りの関係である。各数の直線上の位置は単位uのとり方に依存する。そして目盛りが長さ(量)ではないように,数はこのときも量ではない。 数直線については,この後,それの稠密性が指導内容になる。 8 量としての分数 われわれは量としての分数を教材に取り上げない。理由にはいくつかあり,また互いに関連している。 例えば,算数科のレベルでは,比(倍)としての分数の定着が目一杯で,他のものを入れる余裕はないということ,しかしまた,この分数で十分だということがある。既に述べたように,実生活的な分数は比(倍)としての分数であり,量としての分数は,数学とか哲学(形而上学)をするときにのみ対象として起こる。 また,量としての分数を取り上げれば,分数に量と比(倍)の異なる意味を文脈に応じて読ませるということが当然問題になるが?1),これは分数の学習をいたずらに難しくするだけであって,これによって何かがよくなるということは少なくとも算数科レベルでは考えられない。しかも,比(倍)としての分数が,量としての分数を導入したとたん,子どもの頭から消し飛んでしまう恐れもある。(何と言っても,量の関係よりは量自体の方がわれわれの〈頭〉には──〈実践〉ではない──親しみやすい。) 分数に異なる意味を読むとは,つぎのようなことである: (1) 式“2/3×2/3”を“2/3(量)の2/3倍”と読む。 (2) “2/3”に対し,下の図式──位(アフィン的量)としての2/3,量(ベクトル的量)?2)としての2/3,倍としての2/3相互の区別──を描く: 0 2/3 1 2 ?───?─?───?─?─?──?? ───? ───? 2/3 2/3 2/3 ─? 4/9 分数のこの異なる意味が分数の算法に持ち込まれると,例えば乗法 n/m×q/p の場合,“倍合成”の他につぎの解釈が立つことになる。 (1) n/m(量)のq/p(倍): q/p n/m ────? n/m×q/p (2) n/m(量)とq/p(量)の“積”: n/m(量)×q/p(量)=n/m×q/p(量) ここで“×”の意味は,1(量)×1(量)=1(量)を満たす“複比例関数”ないし“テンソル積”?3)である。 ここで,(1)の場合は, n/m(量)?q/p=1(量)?(n/m×q/p): 1 n/m n/m×q/p n/m ────? n/m×q/p q/p という具合に,倍の合成 n/m×q/p に還元される。 (2)の場合は, n/m(量)×q/p(量) =(1(量)?n/m)×(1(量)?q/p) =(1(量)×1(量))?(n/m×q/p) =1(量)?(n/m×q/p) という具合に,倍の合成n/m×q/pに還元される。いずれにしても,計算されるのは倍の合成としてのn/m×q/pである。 また,除法に関しては,所謂“等分除”と“包含除”の二つの解釈が出て来る: (1)“等分除” ? ──────? n/m q/p (2)“包含除” q/p ──────? n/m ? しかし,この解釈の別の問題は,倍合成の図式では単に合成の順序の違いの問題に還元されて,事実上解消する: 1 ? n/m ? ──────? n/m q/p 1 q/p n/m q/p ──────? n/m ? (註1) 量としての分数は,それの係数としての分数=比(倍)としての分数を伴う。即ち,比(倍)としての分数抜きでは,量としての分数は成立しない。 (註2) Cf.小島順:量の数学について.数学セミナー増刊,シンポジウム数学1 (1980,4),pp.137-152. (註3) Cf.同上 9 有理数 われわれは,有理数も教材に取り上げない──有理数を教材化するとは,いまの場合,分数の代数的構造を対象化するということであり,それは,分数をシンタックスとしての数学の中に引き入れることである。われわれは,分数を量に随伴する概念として扱うことで終始する。 |