Up 「公私」の考え 作成: 2008-08-06
更新: 2015-10-16


    規格の導入で,世界は規格内と規格外に分かれる。
    員は,規格内と規格外の二分法に対応する。
    この対応は,「どちらかをとる」ではない。
    「二叉を掛ける」である。

    「二叉を掛ける」は,「公私の二叉を掛ける」である。
    ──規格内を行うのが<公>,規格外が行うのが<私>。

    生活は,「公私の二叉を掛ける」である。
    学会員は,生活者として,<学会論文の本数を稼ぐ>と探求 (<規格外の論文をつくる>) を並行して行う者である。
    探求を,生業と別立てにする。
    そもそも,探求と生業が一致する者は,余程の幸運者であり,ふつうは存在しない。
    探求と<学会論文の本数を稼ぐ>を分けるのはアタリマエのことであり,疑問を感じることではない。

    規格内と規格外の二分法への対応は,「二叉を掛ける」である。
    規格外を以て「学会論文」規格に対立させるとか,規格外を「学会論文」に押し込もうとするのは,「公私混同」である。