Up Algorithmic Chemistry (W.Fontana) 作成: 2017-09-15
更新: 2017-09-16


      カウフマン『自己組織化と進化の論理』, pp.480-484.
    チューリングマシンは、二進法で書かれた入力データを処理する理論的な普遍計算装置である。
    チューリングマシンはプログラムに従って入力データに作用し、それを書き換える。‥‥‥
    ある記号が並んだものが別の記号が並んだものを操作しているということになる。
    したがってチューリングマシンが入力テープに行う操作は、酵素がある物質に作用していくつかの原子をチョキンと切りとり、あちらこちらに原子をくっつける様子に少し似ている。 ‥‥‥
    もしチューリングマシンのスープを作ってたがいを衝突させたら何が起きるだろう。
    あるチューリングマシンはそのままチューリングマシンとして働き、衝突する相手方は入力テープとして振る舞うかもしれない。
    スープの中でごっちゃになったプログラムは、たがいに他のプログラムを書き換えていく。
    いったいこれはいつまで続くのだろうか。
    このやり方はうまくいかなかった。
    ごっちゃになったチューリングマシンのプログラムは無限ループに入り込み、それ以上何も生み出さなくなった。
    この場合、衝突したチューリングマシンどうしはそのままくっつき合い、副産物として何のプログラムも生み出さず動かなくなる。
    コンピューター上で自己複製する、複雑に絡み合ったプログラムを作るこの試みは失敗した。
    さてどうしたものか。 ‥‥‥
    チューリングマシンがたがいに作用して行き詰まってしまうのなら、ラムダ法と呼ばれる数学構造に乗り換えればよいと彼は考えた。
    読者の多くはこの計算法が生み出したものの一つを知っているはずである。
    それはプログラミング言語のリスプ(Lisp)である。
    リスプあるいはラムダ法では、機能は一連の記号で書かれ、その記号は、もしそれが別の一連の記号に作用しようと試みるならば、その試みはほとんどいつも「ルールにかなった」ものであり、「行き詰まる」ことはないという性質をもっている。
    つまり、もしある一つの機能が別の機能に作用すると、それは行き詰まることなく産物としてまたある機能を生み出すのである。
     もっと単純にいえば、機能は記号の羅列であり、記号列は別の記号列に作用することによって、新たな記号列を生む。
    酵素が基質に作用して生成物が現れるように、化学では原子の羅列すなわち分子が別の原子列に作用して新たな原子列を生む。
    したがってラムダ法とリスプはそうした化学の一般化と言える。
     ラムダ法とリスプ記号はアルゴリズムを実行するものである。
    理論化学者であるフォンタナはそのようなアルゴリズムの化学スープを作りたいと考えていた。
    したがって彼は自分の新しい考えを「アルゴリズム的化学」あるいは「錬金術」と呼んだ。 ‥‥‥
    フォンタナは、記号列がたがいに作用し変換し合うスープの中で、新しく生まれ出ることと消え去ってなくなることが何を意味しているのかを探るための「数学的言語」をはじめてつくり出したのである。
     フォンタナがこの錬金術的考え方をコンピューターに持ち込んだとき、何が起きたか。
    集団的に自己触媒を行う集合体が現れたのである。
    彼は「人工生命」を引き出したことになる。
     フォンタナが初期のコンピューター実験で行ったのは次のようなことである。
    彼は培養槽をコンピューター内で作り、その中で記号列の総数が一定に保たれるようにした。
    記号列はまさに化学物質のようにたがいにぶつかり合う。
    二つの記号列のうちランダムに一つをプログラム、もう一つをデータとして選ぶ。
    プログラムとなった記号列はデータとなった記号列に作用して新しい記号列を生む。もし記号列すべての数がある一定数、たとえば一万を超えると、フォンタナはいくつかの記号列をランダムに選んで捨て、全体の数が一万になるように調節する。
    ランダムに選んだ記号列を捨ててしまうことで、彼は頻繁に生み出される記号列に対して淘汰の圧力を加えている。
    対照的に、めったに生み出されることのない記号列は、その培養槽から自然に失われていく。
    ランダムに選んだ記号列のごった煮からスタートさせると、はじめはこれらがたがいに働きあって、かつてみたことのない記号列が万華鏡のようにくるくると渦巻いて出現する。
    しかししばらくすると、以前みたことのある記号列が生み出されるのがみえてくる。
    さらに時間がたつと、そのごった煮が自己を維持する記号列の生態系、つまり自己触媒集団になっていくことを、フォンタナは見つけた。 ‥‥‥
     彼は二種類の自己複製の型を見いだした。
    一つはリスプ記号が一般的な「コピー機」として進化する場合である。
    コピー機は自分自身や他のものもすべて複製する。
    そのような高度に適応した記号列は、急速に自分自身やとりまきを複製し、ごった煮全体を覆いつくす。
    フォンタナは、それ自体がRNAでできているRNA合成酵素、すなわちリボザイムRNAポリメラーゼの記号学的類似品をつくり出したことになる。
    なぜならRNAは自分自身も含めてどのRNA分子のコピーもできるからである。 ‥‥‥
     さらにフォンタナはもう一つの型の複製を見つけた。
    もし彼が「コピー機」の存在を許さなけれれば,コピー機は出現せず、ごった煮全体に行き渡ることはない。
    すると、そこから私がまさに望んでいたものが現れたのである。
    リスプ記号の集団自己触媒系である。
    すなわち彼は、そのごった煮が進化してリスプ記号の「内部物質代謝」の状態をもつようになることを見つけた。
    そのごった煮の中では、リスプ記号のそれぞれが、他の一つあるいは複数の記号の行動がもたらす産物として形づくられ ているのである。


  • 参考文献
    • Fontana, W., Algorithmic Chemistry, in Artificial Life II, Addison Wesley, 1991.
    • Kauffman, Stuart : At home in the universe ─ The search for laws of self-organization and complexity.
        Oxford University Press, 1995.
        米沢富美子[監訳]『自己組織化と進化の論理 ─ 宇宙を貫く複雑系の法則』, 日本経済新聞社, 1999.