Up 危険下限値と危険甘受上限値 作成: 2011-03-27
更新: 2011-03-28


    政府・マスコミ・学者がいう「安全値」には,つぎの2つの意味合いを見ていくことになる:
      1. 危険下限値
      2. 危険甘受上限値

    危険下限値は,<科学の研究>が導く。
    いまは,「一般公衆の線量限度 1ミリシーベルト(mSv)/年」となっている。

    危険甘受上限値は,<社会の力学>が導く。
    すなわち,危険甘受上限値は,危険回避行動 (とりわけ避難移動) のシミュレーションの成否との兼ね合いで決まってくる。 特に,被災地域依存である。

    例えば,日本国民は日本を脱出できない。 よって,被災地域が日本全土であるときは,危険甘受上限値は無限大になる。

    被災地域が関東全域であれば,危険甘受上限値は相当高くなる。 全体退避の方法が立たないからである。 ──実際,この場合は,国の未来をみて,若年者の移動といった措置 (戦時中の「学童疎開」の類) の方をむしろ考えていくことになる。

    2011-03-27 現在,政府が20km圏内の住民に避難指示を出し,20〜30km圏内の住民に自主避難を要請しているところであるが,これは,つぎの「測定エリア【82】」の数値程度がいまの危険甘受上限値におさまっているということになる。 そしてこれは,「被災地域が村の規模であるので,危険甘受上限値がこれくらいになっている」というふうに捉えるべきものである。 すなわち,避難移動シミュレーションが立たないほどにサイズの大きな自治体がこの数値適用枠内に入ってくるときは,危険甘受上限値がもっと引き上がることになる。

データ元:文科省
(測定は屋外,数値の単位は マイクロシーベルト/時)

測定エリア【83】
(約20Km北西)
測定日 (3月) 数値
26日 9:01 82.0
25日 9:00 92.5
24日 9:46 106.0
(これより前は,
 データなし)
   測定エリア【82】
(約30Km北西)
測定日 (3月) 数値
26日 8:15 49.0
25日 8:35 58.0
24日 9:17 66.0
(これより前は,
 データなし)
   測定エリア【1】
(福島市, 約60Km北西)
測定日 (3月) 数値
26日 15:10 2.5
26日 9:14 2.5
24日 16:12 3.6
24日 7:45 3.4
23日 19:15 3.5
23日 9:40 4.0
22日 15:55 5.2
22日 9:01 3.5
21日 13:38 5.0
21日 08:49 4.5
20日 17:30 6.0
20日 09:10 5.0
19日 07:03 7.2
18日 18:05 8.0
18日 14:48 2.2
18日 10:08 8.5
17日 17:43 8.0
17日 09:20 7.0
16日 08:15 18.0


    危険下限値はこれまで「一般公衆の線量限度 1ミリシーベルト(mSv)/年」を採ってきたが,この数値では,狭い国土でこの度のような原発事故が起こったときには,行政的にいちいちストップがかかってしまう。 そこで,「災害仕様」ということで,危険下限値から危険甘受上限値へのシフトが,意識的に行われる。

    この度の Fukushima Nuclear Power Plant Accident (ICRP, 2011-03-21) では,それでも危険甘受上限値を 20mSv/年とすることを勧告している:
    When the radiation source is under control contaminated areas may remain. Authorities will often implement all necessary protective measures to allow people to continue to live there rather than abandoning these areas. In this case the Commission continues to recommend choosing reference levels in the band of 1 to 20 mSv per year, with the long-term goal of reducing reference levels to 1 mSv per year (ICRP 2009b, paragraphs 48-50).

    「1mSv/年」は,0.11マイクロシーベルト(μSv)/時 である。
    「20mSv/年」は,2.28μSv/時 である。
    「1mSv/年」を「20mSv/年」に替えることで被曝の許容度がどの程度高まることになるかを,見るとしよう。

    「20mSv/年」だと,いまの福島市の数値は,「ずっと屋外にいるわけではない」を考え合わせることで,まずまずだいじょうぶかということになる。 そして,「この値が1年続くとは限らない」も考え合わせれば,さらに「だいじょうぶ」を主張できることになる。

    そこで,「20mSv/年」がどの程度の許容度なのかを見るにおいて,「この値が1年続くとは限らない」も考慮に入れるとしよう。 すなわち,「年間20mSvの被曝」を,つぎの3パターンで考えてみる:

    被曝は3か月で終わり,
    その間20mSvを被曝
    平均
    9.13μSv/時
    2.7日に1回胃X線
    5.5時間1回胸部X線
    被曝は半年で終わり,
    その間20mSvを被曝
    平均
    4.57μSv/時
    5.5日に1回胃X線
    10.9時間に1回胸部X線
    被曝は1年で終わり,
    その間20mSvを被曝
    平均
    2.28μSv/時
    11日に1回胃X線
    21.9時間に1回胸部X線

    註 : 政府・マスコミ・学者は,いまの放射線数値が安全であることを言うのに,X線撮影での放射線量 (胃は 600μSv,胸部は50μSv) との比較を用いる (「比例関係」の概念をもっていないのかも知れない)。そこで,「年間20mSvの被曝」の3か月,半年,1年モデルの各値にこれのX線撮影の換算値も付しておく。

    これを見ると,いまの福島市の数値は,「被曝は3か月で終わり, その間20mSvを被曝」モデルであれば,まずまずだいじょうぶということになる。 また,「被曝は半年で終わり, その間20mSvを被曝」モデルであれば,微妙にだいじょうぶということになる。


    しかし,「20mSv/年」は,吸気・水・食品による体内被曝も考えると,将来的にまだ窮屈な値である。 実際,マスコミに登場する学者は,既に「100mSv/年」を「安全値」のように言っている。
    そこで,「100mSv/年」がどのような大きさなのかを,以下見ていくことにする。

    「年間100mSvの被曝」の3か月,半年,1年モデルは,つぎのようになる:

    被曝は3か月で終わり,
    その間100mSvを被曝
    平均
    45.7μSv/時
    13.1時間に1回胃X線
    1.1時間に1回胸部X線
    被曝は半年で終わり,
    その間100mSvを被曝
    平均
    22.8μSv/時
    26.3時間に1回胃X線
    2.2時間に1回胸部X線
    被曝は1年で終わり,
    その間100mSvを被曝
    平均
    11.4μSv/時
    52.6時間に1回胃X線
    4.4時間に1回胸部X線

    これを見ると,測定エリア【82】(約30Km北西) は,「被曝は3か月で終わり, その間100mSvを被曝」モデルで,微妙にだいじょうぶということになる。
    しかし,測定エリア【82】(約20Km北西) は,このモデルでもきつい。 よって,退避指示になるしかないというわけである。


    そして,上記の「危険甘受上限値」の話は,あくまでも「一般公衆の危険甘受上限値」の話である。 すなわち,「危険甘受上限値」では,「妊婦・乳幼児の危険甘受上限値」を考えに入れねばならない。 実際,妊婦・乳幼児を「一般公衆」といっしょには扱えない。
    しかし一方,妊婦・乳幼児を「一般公衆」の生活圏内から外に出すことなどできない。
    よって,「危険甘受上限値」は,結局,「妊婦・乳幼児を含めた一般公衆の危険甘受上限値」になるしかない。


    ところで,基準値は,「一般公衆」用と「放射線を扱う仕事に就く者」用の二つが,分けて立てられている。 そして,「100mSv」をどう捉えたらよいかを問題にするとき,「放射線を扱う仕事の従業者」の基準値が参考になる。

    ICRP 勧告では,放射線を扱う仕事に就く者の被曝量の基準値がつぎのようになっている:
     「5年平均で20mSv/年,
      ただしいずれの1年においても 50mSv を限度とする。」
    この度の福島第一原発事故においては,現場での作業基準が,当初の 100mSvから 250mSvに上げられた。 これは,100mSvでは作業が成り立たないからである。
    ここで「250mSv」の意味は,「累積 250mSv」である。 特に,「累積 250mSvに達した者は現場から出る (新しい要員と交替)」ということである。

    「100mSv/年」は,以上のコンテクストでは,危険度の高い値ということになる。 これを安全値のように唱える者はどのようなロジックを紡いでくることになるのか? いまは,まだロジックが曖昧にされたままである。