Up はじめに 作成: 2014-10-21
更新: 2014-10-22


    わたしは先日,わたしの存在論の到達点として,『「系−個」存在論』を作成した。 その中で,この存在論の類型になるものの一つとして,「空観(くうがん)」を取り上げた。
    しかしその記述は,全体との釣り合いから,どうしてもひじょうに要約した内容のものになる。 そこで,「空観」について少し丁寧な論が必要であるという思いから,本テクストを作成することにした。

    本テクストは,2010年3月に「空観」の存在論の押さえとして『般若心経』の表題でつくったテクストに,今回新たにつぎの二つを加えるものである:
      「はじめに」
      「「色即是空 空即是色」は, 物理」
    併せて,表題につぎに副題をつける:
      「「色即是空 空即是色」の存在論」


    わたしは,若いときから,存在論は『般若心経』の「色即是空 空即是色」がいちばんよいと思ってきた。
    実際,物理学が示す「存在のマクロ・ミクロ階層構造」と,これは合致する。

    わたしは無宗教の者なので,わたしにとっての『般若心経』のテクストは,「菩薩」云々の記述を除いたところのつぎのものである:

      色不異空 空不異色 色は空に異ならず、空は色に異ならず。
      色即是空 空即是色 色は即ちこれ空、空はこれ即ち色なり。
      受想行識 亦復如是 受想行識もまたまたかくのごとし。
       
      是諸法 空相 この諸法は空相にして、
       不生不滅  生ぜず、滅せず、
       不垢不浄  垢つかず、浄からず、
       不増不減 増さず、減ぜず、
       
      是故 この故に、
      空中 空の中には、
       無色 色もなく、
       無受想行識 受も想も行も識もなく、
       無眼耳鼻舌身意 眼も耳も鼻も舌も身も意もなく、
       無色聲香味觸法 色も声も香も味も触も法もなし。
       無眼界 乃至 無意識界 眼界もなく、乃至、意識界もなし。
       無無明 亦 無無明盡 無明もなく、また、無明の尽くることもなし。
       乃至  乃至、
       無老死 亦 無老死盡 老も死もなく、また、老と死の尽くることもなし。
       無苦集滅道  苦も集も滅も道もなく、
       無智 亦 無得 智もなく、また、得もなし。

    これは,存在論であり,「空観(くうがん)」と呼ばれる。
    わたしはこれをさらに,物理の論に見なす。
    そして「存在のマクロ・ミクロ階層構造」がその物理というわけである。