Up 人──商品経済の螺旋 作成: 2019-09-06
更新: 2019-09-06


    人の<生きる>は,<商品経済の螺旋を生きる>である。

    商品経済の<生きる>は,「その場にとどまるためには走り続けねばならない」である。
    <売る>とは,消費者に,これまで買っていた商品を自分が売る商品に乗り換えさせるということである。 そして,乗り換えられる立場は自分も同じである。
    ひとを出し抜き,ひとから出し抜かれないことを,ひたすらやっていかねばならない。


    (1) 速さ
    この競争は,一つに速さの競争である。
    しかし,新しいものを次々と出せるわけはない。
    やることは,《装いを変える》である。
    ──中身 (実質) は同じであるから,やっていることは<騙し>である。

    こうして,一つの商品の寿命は,短くなる一方となる。
    ひとはこのゼロサムゲームに疲弊する。


    (2) 安さ
    競争はまた,安さの競争である。
    これを<身を切る>でやると,行き着く先は共倒れである。
    よって,安い労働力を外に求めることになる。

    今日は,「安い労働力」の先に「新たなマーケット」を見込むようになっている。
    「新興国」とは,「安い労働力」「新たなマーケット」の役に就くことになった者のことである。

    商品経済は,新たなビッグマーケットの登場を歓ぶ。
    ひとは世界人口の指数関数的増加を危惧するが,商品経済は逆にこれを求めるのである。

      国内では「少子化」が危惧されるものになっているが,商品経済体制が成り立たなくなることがこの危惧の理由である。

    「新興国」は,高度に商品経済化されていく。
    国民は,物を買うための金を,稼ぎによって得なければならない。
    しかし,国にキャパシティーはない。
    そこで,出稼ぎや移住先を先進国に求める。
    彼らは,安い労働力として,当地人の職を奪う。
    また,勢力を拡大する。
    こうして,ヘイトの対象になる。

    先進国のインテリジェンスは,「マッチポンプ」である。
    自分で火をつけておいて,自分への延焼に文句を垂れるというものである。


    このように,商品経済は矛盾の拡大と矛盾先送りの螺旋である。
    つけはどこかで払うことになる。
    しかしそれがわかっていても,商品経済は続けるのみである。
    商品経済は螺旋であり,これに入ったものは螺旋ダイナミクスに翻弄されるしかない。
    ──これは,良し悪しの問題ではない。ただの物理である。