気象学は,「角運動量保存則」をつぎのように使う:
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田中 (2007), pp.50,51
回転する地球表面に束縛された大気には、角運動量の保存則が成り立つ。
これを気象要素で表現すると以下のように書ける。
図2.7のように、たとえば赤道上に地理的に静止していた空気のチューブが、北緯30度まで移動したとする。
ここで、赤道上で静止している空気は、宇宙空聞から見ると地球の自転とともに猛スピードで西から東に移動しており、1日で1周している。
地球の半径を6370キロメートルとするとその空気塊の速度は463メートル毎秒となる。
これは音速よりも速い。
もちろん、空気全体が回っているので、赤道に立っている人にも、音は普通に聞こえるわけである。
したがってこの空気は、速度 × 回転半径 = 463メートル毎秒 × 6370キロメートル の角運動量をもっている。
この空気のチューブが北緯30度まで移動したとすると、回転半径は 6370キロメートルから5517キロメートルに短縮されるので、角運動量保存則からこの空気塊の速度は535メートル毎秒に増大する。
北緯30度の地面の回転速度は401メートル毎秒なので、空気のチューブは地面に対して134メートル毎秒の西風となる。
北緯45度なら328キロメートル毎秒、60度なら696メートル毎秒である。
図2.7 (p.43)
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これは,「角運動量」の誤用である。
回転速度の話に,誤解した「角運動量」を持ち込んでいるのである。
ふつうのロジックは,こうである:
地球の自転は,地上の点に回転速度を与える。
「風速」とは「地点Pの風速」のことであって,この速度はPの回転速度に対する相対速度である。
地上の点の回転速度を計算してみよう。
地球の半径を \( R \) (m),角速度を \( \Omega \) (ラジアン/秒) とすると,緯度 \( \theta \) (ラジアン) の地点の回転速度 \( v \) (m/秒) は,
\[
\quad \quad v = ( R\ cos( \theta) )\ \Omega
\]
\( R, \Omega \) は,「地球1周 4万km」「1日24時間」を使って,つぎのように計算される:
\[
\quad \quad R = \frac{ 40000 \times 1000 }{ 2 \pi } \\
\ \\
\quad \quad \Omega = \frac{ 2\ \pi }{ 24 \times 60 \times 60 }
\]
よって,
\[
\quad \quad v = ( R\ cos( \theta) )\ \Omega = \frac{ 40000 \times 1000 }{ 24 \times 60 \times 60 } \ \ \ cos( \theta)
\]
これを計算すると,「地上の点の回転速度」がつぎのように得られる:
緯度 (°) |
回転速度 (m/秒) |
0 |
463 |
5 |
461 |
10 |
456 |
15 |
447 |
20 |
435 |
25 |
420 |
30 |
401 |
35 |
379 |
40 |
355 |
45 |
327 |
50 |
298 |
55 |
266 |
60 |
231 |
65 |
196 |
70 |
158 |
75 |
120 |
80 |
80 |
85 |
40 |
いま,仮の話としてだが,赤道上で「無風」を表している空気塊が,北緯30度にワープしたとしよう。
すると,この空気塊は \( 463 - 401 = 62 \) m/秒 の風になる。
(移動は, 自転する地球に固定した視座で見たもの)
同様に,
北緯45度へのワープなら,\( 463 - 327 = 136 \) m/秒
北緯60度へのワープなら,\( 463 - 231 = 232 \) m/秒
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田中 (2007) の北緯30度での「535m/秒」は,
463 + ( 463 - 401 ) = 535
「134メートル」は,
の計算をしていることになる。
「はじめの相対速度の分だけ速度も増える」という物理を発明(!)しているわけである。
引用文献
- 田中博 :『偏西風の気象学』(気象尾ブックス016)), 成山堂, 2007.
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