Up 「角運動量」を誤用する 作成: 2022-12-10
更新: 2023-01-28


    気象学は,偏西風のイメージを<回転する空気のチューブ>にする。
    そして, 「回転だから,その運動は角運動量保存則の実現だ」と思う。

    で,「角運動量保存則」をどう使うか。
    つぎのようにである:

      田中 (2007), pp.50,51
    回転する地球表面に束縛された大気には、角運動量の保存則が成り立つ。 これを気象要素で表現すると以下のように書ける。
      回転半径 × 空気塊の絶対速度 = 一定
    図2.7のように、たとえば赤道上に地理的に静止していた空気のチューブが、北緯30度まで移動したとする。 ここで、赤道上で静止している空気は、宇宙空聞から見ると地球の自転とともに猛スピードで西から東に移動しており、1日で1周している。
    地球の半径を6370キロメートルとするとその空気塊の速度は463メートル毎秒となる。
    これは音速よりも速い。 もちろん、空気全体が回っているので、赤道に立っている人にも、音は普通に聞こえるわけである。
    したがってこの空気は、速度 × 回転半径 = 463メートル毎秒 × 6370キロメートル の角運動量をもっている。
    この空気のチューブが北緯30度まで移動したとすると、回転半径は 6370キロメートルから5517キロメートルに短縮されるので、角運動量保存則からこの空気塊の速度は535メートル毎秒に増大する。
    北緯30度の地面の回転速度は401メートル毎秒なので、空気のチューブは地面に対して134メートル毎秒の西風となる。
    北緯45度なら328キロメートル毎秒、60度なら696メートル毎秒である。

    図2.7 (p.43)


    これは,「角運動量」の誤用である。
    回転速度の話に,誤解した「角運動量」を持ち込んでいるのである。

    ふつうのロジックは,こうである:

    地球の自転は,地上の点に回転速度を与える。
    「風速」とは「地点Pの風速」のことであって,この速度はPの回転速度に対する相対速度である。

    地上の点の回転速度を計算してみよう。
    地球の半径を \( R \) (m),角速度を \( \Omega \) (ラジアン/秒) とすると,緯度 \( \theta \) (ラジアン) の地点の回転速度 \( v \) (m/秒) は, \[ \quad \quad v = ( R\ cos( \theta) )\ \Omega \]


    \( R, \Omega \) は,「地球1周 4万km」「1日24時間」を使って,つぎのように計算される: \[ \quad \quad R = \frac{ 40000 \times 1000 }{ 2 \pi } \\ \ \\ \quad \quad \Omega = \frac{ 2\ \pi }{ 24 \times 60 \times 60 } \] よって, \[ \quad \quad v = ( R\ cos( \theta) )\ \Omega = \frac{ 40000 \times 1000 }{ 24 \times 60 \times 60 } \ \ \ cos( \theta) \]
    これを計算すると,「地上の点の回転速度」がつぎのように得られる:
    緯度 (°) 回転速度 (m/秒)
    0 463
    5 461
    10 456
    15 447
    20 435
    25 420
    30 401
    35 379
    40 355
    45 327
    50 298
    55 266
    60 231
    65 196
    70 158
    75 120
    80 80
    85 40


    いま,仮の話としてだが,赤道上で「無風」を表している空気塊が,北緯30度にワープしたとしよう。
    すると,この空気塊は \( 463 - 401 = 62 \) m/秒 の風になる。

    (移動は, 自転する地球に固定した視座で見たもの)
    同様に,
      北緯45度へのワープなら,\( 463 - 327 = 136 \) m/秒
      北緯60度へのワープなら,\( 463 - 231 = 232 \) m/秒


    田中 (2007) の北緯30度での「535m/秒」は,
        463 + ( 463 - 401 ) = 535
    「134メートル」は,
        535 - 401 = 134
    の計算をしていることになる。
    「はじめの相対速度の分だけ速度も増える」という物理を発明(!)しているわけである。


    気象学は,「角運動量」をわかっていない (わかろうとしない)。
    「角運動量」は,コマの話である。
    「チューブの角運動量保存」の絵を描けと言われたら,田中 (2007) の絵のようではなく,コマになったチューブの絵を描くことになる。
    それは, つぎのような絵である:
註. 角運動量の方向は, 「自転体の回転方向で右ネジが進む方向」で定義される。

    物理学は,コマの回転に強弱があるのを見る。
    これを,運動量の違いとして表現しようと考える。
    その運動量は,物体の直進運動の運動量とは異質なものである。
    そこで物理学は,これに「角運動量」の名を与え,直進運動の運動量と区別する。

    こうして,コマの回転は,角運動量が保存されている現象と解釈されるものになる。
    <傾いたコマの大きな円運動>の説明は,コマの「角運動量保存」を条件にする。

    「角運動量保存」は,このように使うものである。
    翻って,「空気チューブの角運動量保存」を説く気象学は,「角運動量」をわかっていないということである。
    円運動の回転を<角運動量が論じられる回転>だと思っているのである。


    気象学で「角運動量保存」を説くなかには,フィギュアスケートのスピンの「伸ばした腕を縮めると回転速度が増す」を「角運動量保存」の例にしたりするものもある。
    間違いである。
    これの説明になるのは,「角運動量保存」ではなく,やはり上に示した「ふつうのロジック」である。

    フィギュアスケートのスピンを「角運動量保存」の話にするときは,つぎの絵を描くことになる:


    引用文献
    • 田中博 :『偏西風の気象学』(気象尾ブックス016)), 成山堂, 2007.