Up 理論構築の「論理の積み上げ」を知らない 作成: 2022-08-04
更新: 2022-08-04


    気象学大気力学の学者には,自分たちの大気力学にすっかり慢心している(てい)が見える。
    論理をしっかり積み上げたものであるから,間違いはないというわけだ。

    実際,彼らは「教科書」という言い方をする。
    「教科書」のことばに含めた意味は,「この内容をしっかり己のものとすべし」である。

    「教科書」を言い出す学術は,科学ではない。
    宗教ないしイデオロギーである。
    「教科書」の意味は「バイブル」だからである。


    「論理をしっかり積み上げている」は,「正しい」の根拠にはならない。
    誤った土台から論理をしっかり積み上げたものは,ナンセンスである。
    その労働は,労働した者には自分の成長の栄養にはなっているだろうが,後世の評価は「徒労」である。

    気象学の大気力学は,これである。
    「論理の積み上げ」を強調しても,それは誤った土台からの積み上げである。


    大気力学は,「遠心力」や「コリオリ力」を理論の土台のなかに据えた。
    これが間違いである。

    大気力学は,流体力学を範とする。
    流体力学には,流体の流れを曲げる力が出てくる。
    大気力学はその「流れを曲げる力」を,「遠心力・コリオリ力」に求めた:
     「 風は,高気圧から低気圧に流れる。
    それは高いから低いへの真っ直ぐの流れになりそうなものだが,
    遠心力/コリオリ力によって曲げられる。
    これが,間違いなのである。


    計算してみればわかるように,風の流れに作用する遠心力・コリオリ力の値は僅かである。
    とても現前の大気の流れを説明するものではない。
    大気力学の教科書には「コリオリ力が物体の進行方向に対し直角にはたらく」とあるが,これも嘘である。


    では,現前の大気の流れを説明するものは何か?
    「既成」と「創発」と「粘性」である。

    これを土台とする大気力学の構築は可能だろうか?
    まず不可能である。
    しかしこの不可能に取り組む労働は,労働した者には自分の成長の大きな栄養になるだろう。
    これからの学生は,これを志向すべし。