Up 本居宣長 作成: 2018-06-12
更新: 2018-06-29


国学

『「進歩主義批判」作法   
──本居宣長の漢才批判から』
   

  • 小林秀雄 (1977)『本居宣長』
      新潮文庫版 上巻 p.123.
    宣長が求めたものは、知何に生くべきかという「道」であった。
    彼は「聖学」を求めて、出来る限りの「雑学」をして来たのである。
    彼は、どんな「道」も拒まなかったが、他人の説く「道」を自分の「道」とする事は出来なかった。
    従って、彼の「雑学」を貫道するものは、「之ヲ好ミ信ジ楽シム」という、自己の生き生きとした包容力と理解力としかなかった事になる。
    小林秀雄は,この「独立」「窮理の学から人間の学へ」の系譜を探り,契沖,中江藤樹,また荻生徂徠,伊藤仁斎へと溯る:
      伊藤仁斎『童子問』上
    「卑ケレパ則チ自ラ実ナリ、高ケレパ必ズ虚ナリ、
     故ニ学問ハ卑近ヲ厭フコトナシ。
     卑近ヲ(ユルガセ)ニスル者ハ、道ヲ識ル者ニ非ザルナリ」


  • 参考Webサイト
  • 参考文献
    • 大野晋・大久保正[編]『本居宣長全集』(1〜20, 別巻1,2), 筑摩書房, 1968〜1977.
    • 小林秀雄『本居宣長』, 新潮社, 1977
      • 『本居宣長』(上下巻), 新潮文庫, 1992.
    • 石川淳[編]『日本の名著21 本居宣長』, 中央公論社, 1970.
      • 中公バックス, 1984.
    • 石川淳「宣長略解」
        石川淳[編]『日本の名著21 本居宣長』, 中央公論社, 1970, pp.5-28.