財政が「収支」と思われているのは,幻想である。s
実際,毎年,税収をはるかに上回る額が支出に計上されている。
国の「債務」は天井知らずで,返済などあり得ない額になっている。
税は,いまは「格差の調整」の意味しかもてない。
消費税なんぞは,これによる税収増は数兆円規模であり,数値的にはまったく意味がない。
「財政健全化」の標語は,ただの欺瞞である。
財政が「収支」でないとしたら,では何なのか。
「通貨量の調整」である。
財政の仕事は,不況を起こさないことである。
不況になりそうなときは,「財政出動」で応じる。
この中身は「金造り」である。
国にとって金は,裁量で自由に造るものなのである。
日本を「借金大国」と呼び,異常な国のように論じるのも,お終いである。
欧米主要国も,新型コロナ対応の失政 (自粛管制) で,「財政出動/金造り」型財政の国になった。
「財政出動/金造り」型財政は螺旋であって,いったんこれに入るともう抜けられないのである。
「財政出動/金造り」型財政の国は,不労者・無産者になっても「手当」で生きていかれる国である。
「手当」は,金を造って渡すだけのことであり,元手がかからないからである。
「年金」は,基金の運用で成り立っているのではない。
財政出動/金造りで成り立っているのである。
こうして,通貨に根拠 (労働量とかGDP とか) を立てる経済学はすべて無効になる。
通貨を無根拠と定める経済学──財政を無規範・無軌道と定める経済学──が立たねばならない,というわけである。
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